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再生の時
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再生の時-3

此処ではない何処かに行きたかった。親父との生活から抜け出したかった。けれど知らない街に落とされて、俺は何も出来ずにいた。いや、知らない街ではない。此処は、かつて知っていた街。10年前の風景だった。

とても不自然な光景だった。公衆電話に並ぶ人たち。緑溢れる街並。あまりの懐かしさに、俺は思い出の街を歩く。ここではむしろ、異質なのは俺の方なのだ。小さな駄菓子屋に入る。子供時代に行きつけだった場所。
「いらっしゃい」
店の奥から、のそりと這い出てくる不気味なおばさん。思い出通りの登場に苦笑する。
「おばちゃーん」
大きな声と共に、小さな子供が店に駆け込んできた。
「ジュースちょうだい、ジュース」
はい、はいと置物のようだったおばさんは立ち上がり、ジュースの蓋を開ける。子供は財布の中身を睨んでいる。そして泣きそうな顔を浮かべた。それを見て俺は笑みを浮かべる。
俺はこんなに無鉄砲なガキだったのか、と。
「あ、あの」
子供が言う前に俺はおばさんに金を渡した。
「あのジュースの分ね」
子供は不思議そうな顔で俺を見上げる。
「お兄ちゃん、誰?」
「そうだなぁ・・・」
俺は誰なのだろう。
この世界で、坂本雅文はこの子供。それじゃあ、俺は誰なのだろう。
「まぁ、いいや。一緒に来て。お金、返すから」
「いや、いいよ」
「借りたものは返せってお父さんが言ってるから」
ちくり、と胸が痛んだ。そう、この世界にも親父はいるんだ。しかも俺が忌み嫌った厳格な頃の親父だ。
「いいって。内緒にしとけ」
「嫌だ。それじゃ、お父さんに嫌われる」
それで、何が悪い。いずれそうなる。
「お父さんに嫌われたくないんだ。僕はお父さんみたいになるんだから」
「なっ・・・」
どうして。
俺は、俺たちはこうも違うのか。
そんな想いを、俺はかつて抱いていたのか。
その決意を、どこで忘れてしまったのだろうか。
呆然とした。
この二人を繋ぐのは、10年という時の流れだという。
ならば俺は決して、それを好きにはなれないだろう。

小さな手に連れられて、何時の間にか、俺は見慣れた我が家に行き着いた。
「ただいま」
威勢良く響く声。
「お帰りなさい」
それに答える声。優しい声。
「あら、いらっしゃい」
8年ぶりの再会。いや、彼女にとってはそうじゃない。
「か、・・」
母さん。
出掛かった言葉を飲み込む。俺を迎える、懐かしい母親の眼差し。涙が出そうになった。
けれど耐えた。流せば止め処なく溢れてしまいそうだから。
「あら、そうなの。こちらの方にお金を借りたの。すいませんねぇ」
この人がいてくれたら、俺はきっと。
「どうぞ、あがって下さい」
「あ、あの・・」
「遠慮なさらず、どうぞ」
言われるままに居間に通される。家は、隅々まで綺麗に掃除されている。まるで別の部屋のように、居間は片付いていた。その中央で、詰み将棋をしている親父がいた。
「ん、どちらさまかな?」
親父が俺を見る。咄嗟に心が身構えた。
「雅文が世話になったそうよ」
「ほう、雅文が。それはすまなかったね」
「い、いえ。駄菓子屋で少々のお金を貸しただけです。絶対に返すって聞かないものですから」
そう言うと、親父は笑った。
「あーはっはっ。変に頑固な奴だからな、雅文は」
親父の笑顔を久しぶりに見た。それだけで緊張は解けた。母親が死んで、一切見せなくなった笑顔。それは俺が望んだもの。
「君は、どこから来たんだい」
言われて咄嗟に嘘をつく。
「あ、あの自分はずっと旅をしてまして」
「へぇ。それは良いねぇ。随分若く見えるけれど、苦労も多いだろう」
「まぁ、その日暮らしで精一杯ですね」
そんなやりとりを見て、母親がクスクスと笑う。
「雅文にも、そんな経験が必要かもしれんな。そう思わんかね、君江」
「そうですね」
とても暖かな空気があった。親父にこんな一面があるなんて知らなかった。


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