40 令二-1
「鈴宮君、立って」
彼女は椅子から立ち上がりながら俺に言った。
「え、うん」
急な事に戸惑いながら、俺は手にしていたマグカップをコースターに置き、立ち上がった。
志保ちゃんが1歩、2歩と俺に近づき、目の前に立った。
そして俺の腕と身体の間に彼女の細い腕が入り、背にまわった。
反射的に俺も、彼女を抱きしめた。ふんわりと彼女の纏う香りがほのかに漂った。
彼女は俺の肩に顎を乗せ、話し始めた。
「心臓が左側だけにある理由、知ってる?」
彼女が声を発する度に、俺の肩に振動を感じる。俺の心臓は今にも飛び出しそうなぐらいに跳ねている。
きっとこの鼓動は志保ちゃんにも伝わってしまっているだろう。
「し、知らないけど、何で?」
俺を抱きしめる細い腕の、力が強くなる。
「こうして抱き合うと、右と左、両方の胸に鼓動を感じるでしょ。足りない分を補えるように、神様が片方にしか心臓をつけなかったんだよ。2人で1つになるように」
意識を集中させると、本当だ。両の胸に鼓動を感じる。
「ほんとだ」そう言って俺の頬は緩んだ。彼女も笑ったような気がした。
「鈴宮君が、私の右の心臓になってくれる?」
「うん」
「私が、鈴宮君の右の心臓になるから」
「頼むよ」
そのまま暫く、俺は彼女の鼓動を感じ、彼女に俺の鼓動を伝えていた。そして短い口づけを交わした。