投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『黒い』
【その他 その他小説】

『黒い』の最初へ 『黒い』 0 『黒い』 2 『黒い』の最後へ

『黒い』-1

寝心地の悪いマットと安物の重いタオルケット。
それらの寝具の中で眠るイヴは、いつの間にか自分が起きている事に気が付く。
考え事を為ていたのではあるが、それは夢の中での事だとばかり思っていたのである。
いつの間にか瞳も開いている。イヴは不思議と怖い気持ちになって、壁の方へ寝返りをうった。
何故目覚めた事、瞳を開けた事にすら気付かなかったのだろう。少し考えて、答えの出ない事を悟ると疑問を巡らすのを辞めた。
瞬間、空気は凍ったように、冷たく固くなった気がした。部屋には窓もドアも無いので、風が通り抜ける事は有り得ない。動かぬ冷たい空気という物は、少し息苦しい。
イヴはタオルケットを胸元に引き寄せ、丁度胎児のような格好で身をこわばらせた。
サイドテーブルの灯りだけが光らしい光であり、部屋は薄暗い。
暗闇では光の当たらない場所が魔法のように、視界から消える。
イヴはその視界から消えた暗闇が嘘の様に思え、光の当たる場所が真実のように思えた。眠りに就くまでの間、暗闇の多さにイヴは喜びと安心を感じていた。
イヴは嘘つきだった。だからこの暗闇に紛れたら最後、誰もイヴを見つける事は出来ないだろう、と思うと怖い気持ちも少し和らいだ。
イヴはサイドテーブルの灯りを眩しく感じた。でも灯りを消す事は出来なかった。
真実が多少なくては、嘘は生きない。光が多少なくては、暗闇が生きないという事をイヴは知っていた。
それに加え、イヴはさっきよりも強く不安を感じていた。目こそ開いてはいるものの、それは何か迫り来る物を察知するための仕方のない行動であり、イヴに猫のような敏感なヒゲがあったなら、目を開いている必要もなかった。出来る事なら敏感なヒゲで迫る物を察知し、瞳には自分の作り出す闇を見せ続けていたかった。飛び出す、恐怖の原因等待って居る筈もなかった。
この暗闇に手を伸ばし、ライトの白い紐を引く。ただそれだけの行為が、とても恐ろしく怖いと思える。得体の知れぬ静寂と恐怖に、手を伸ばす事が出来ないというのも事実である。
完全に目覚めていない頭を使い、イヴはこれからの夜をどう過ごすべきか考えていた。
脅えたままマットに身を委ね、身体を固くして朝を待つべきか。それとも部屋を明るく照らし、眩しさに耐えながらも読書に興じるべきか。
イヴの考えは直ぐにまとまった。イヴはそろそろとマットの上に立ち上がり、壁のスウィッチに手をかけた。
イヴだけの静かな部屋に、ぱちんという音が響き、ほどなく白い部屋が眩しく現れる。
真実が蔓延り、暗闇の作る魔法は消えていた。誰かが今、イヴを探して此処に来たなら、すぐにイヴは捕まえられてしまうだろう。
嘘のない部屋で、イヴは嘘の書かれた本に救いを求める。唯一の嘘の存在に、イヴはようやく安堵の表情を浮かべる。
マットから降りて、ベッドの高さに寄りかかる。こちら側に少し垂れているマットのおかげで、ベッド自体のパイプの固い感触はなかった。ベッドの下の空間は、唯一空気の流れを感じさせた。
どのくらい、イヴは嘘を読んでいたのだろう。それは誰にも分からないのだけれど、イヴは朝がくる少し前に、再び凍りついたように固く冷たい空気を感じた。
するとすぐに、雫の垂れるような水の音がして部屋がより眩しくなった。
気のせいだと思える程にそれらの変化は小さい物だったけれど、本から顔を上げ既に部屋へと興味を移していたイヴには、はっきりとそれらを感じ取る事が出来た。
雫の音は不規則で、不思議とエコーのかかったような音だった。イヴはしばし恐怖を忘れ、ノイズの無いその音に聞きいった。
それは、美しい女性の指から滴る雫のように、落ちる事を拒みながらも落ちるべき場所へ真っ直ぐに落ちていくイメージだった。
イヴは手にしていた本が、手から滑り落ちた事すら気付かない。


『黒い』の最初へ 『黒い』 0 『黒い』 2 『黒い』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前