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もうひとつの心臓
【大人 恋愛小説】

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11 志保-1

 しくじったなぁ。口角の傷にばかり目が行って、痛みも何もない二の腕に気が回らなかった。
 赤みが引くまで暫くは、長袖で過ごさないといけない。
今迄は表立って見えない部分に傷を付けられる事はあっても、見える所への攻撃は無かった。まぁ、ビンタは初めてじゃなかったけど。

 鈴宮君とお茶をした1件から、暴力がエスカレートしつつある。
 私と明良、2人の問題で済ませられるならそれでいい。私が我慢すればいい。そう、少し我慢すればいいんだ。

 だけど、見える部分に傷が出てくると、彼を庇うにも限界が出てくる。未だひりつく口角の痛みに顔を顰めながら鏡を見る。化粧を落とすとまだ傷口はぱっくりと開いている。
 二の腕に目を遣る。明良の指の痕がくっきりとついている。怨霊に祟られているとか、そんな理由で逃げようか。憑き物がぁーとか言って。

 鈴宮君の、ただならぬ顔を思い出す。かなり驚いていた。
 口角が切れる程、腕に痕が残るほどの暴力を振るう男と同棲している。確実にそう思われている。
 これから明良の暴力がどうか、目に見えない部分に集中しますように。
 そのために私は、色々と行動に気を付けないといけない。まずは殴られない事。


 7月に、社内のグループでバーベキューをやる事になっている。
 何も考えずに「参加する」と言ってしまったが、明良が何と言うか。
 家族を連れてくる上司もいる事だし、いっその事明良も連れて行くか。口角の傷にオロナインを塗りながら考える。

 ガチャっと玄関のカギが開く音がした。今日は残業で、夕飯を済ませてきた明良が帰宅した。
「お帰り。お疲れ様」
「ただいま。あぁ、口のとこ、酷いね」
 鞄も置かずに私に駆け寄り、両手で頬を包み、親指で口角の傷に触った。
 そのままキスをされた。唾液がしみて、傷が痛かった。
 二の腕の痕について何か言おうと思って、やめた。

「来月、職場でバーベキューをやるんだけど、明良も行かない?一緒に。」
「え、何で俺が?」
 ネクタイを外しながら明良は怪訝な顔をした。
「だって上司だって家族連れてくるし、同棲してる彼氏なら連れてってもいいんじゃないかなって思って。私が1人で参加するよりは、いいでしょ?」
 鏡を見ながら傷口にもう1度オロナインを塗りなおす。さっきのキスで剥がれてしまった。
 傷口を舐めるなんて、不潔極まりない。オロナイン味のキスだったのは、私からの細やかなお仕置きだ。

 暫く明良は何か難しい顔で考えていた。
「んまぁ、良いけど」
「よし、決まり。じゃ、幹事さんに伝えておくから」
 意外とすんなり決まったな。恐らく――鈴宮君への牽制の意味を含めての参加だろう。
 それでもいい。明良が安心してくれるなら、明良と私の歪んだ関係が周囲に露呈しないなら、それでいい。


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