投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

もうひとつの心臓
【大人 恋愛小説】

もうひとつの心臓の最初へ もうひとつの心臓 10 もうひとつの心臓 12 もうひとつの心臓の最後へ

8 令二-1

 6月に入った。志保ちゃんはこのグループに入って2ヶ月だと言うのに、どんどん実験データを出し、いい結果を出している。俺はと言うと――ハズレくじばかり引いている状況だ。
 外からザーという雨音が聴こえる。室内にいてもこれ程の音がするのは相当な雨だ。また雨か――。自転車で通勤している者にとって、梅雨ほど迷惑な季節は無い。今日俺は、傘を持っていない。あぁ、この雨が通り雨でありますように。
「あちゃー、暫く振りそうだね」
 パソコンの画面でメッシュ状の雨雲レーダーを見ながら志保ちゃんが言った。
「まじでか。俺傘持ってないよ、やべぇ。通り雨って事はないの?」
「ないね、ほら、こっちまでずっと赤色」
 志保ちゃんのパソコンに顔を近づける。志保ちゃんの顔がすぐそこにある。何か、良い匂いがする。おっと、正気に戻れ、俺。
「ほ、ほんとだ。止みそうにないなぁ」
 雷まで鳴りだした。窓がビリビリと振動する。
 
 志保ちゃんが居室から出て行き、戻ってきたときには青い長傘を持っていた。
「これ、貸すよ。私、折り畳み持ってるから」
 そう言って俺のデスクに傘を引っかけた。
「えぇ、いいの?助かるー。ありがとう」
 天気予報ぐらい見てきなよ、と志保ちゃんの冷たい言葉を浴びたが、ちらと見た志保ちゃんの顔は控えめに笑っていた。本気で怒ったら怖そうだけど、本気で笑ったら凄く可愛いんだろうな。
 どういう時に、本気で笑うんだろう。彼氏の前では沢山笑顔を見せるんだろうな。
 俺とした事が、3股も掛けておきながら、志保ちゃんに心惹かれている事に少し、落胆した。どれだけ女を誑し込めば気が済むんだよ、俺。
 
 志保ちゃんはさっさと仕事を終わらせて、定時で帰って行った。俺は文献を読み漁り、気づいたら20時を回っていた。そろそろ帰るかと帰り支度をし始めて気づいた。雨の音が止んでいる。
 裏口から外に出てみると、かぐや姫でも降りて来そうなでっかい月が見えていた。雨上がりの、湿気を帯びた温い匂いがした。
「止んだじゃん」
 誰に言うでもなく呟き、居室に戻ると、青い傘を志保ちゃんのデスクにひっかけた。黄色いポストイットに「ありがとう」と書いて、傘に貼った。


もうひとつの心臓の最初へ もうひとつの心臓 10 もうひとつの心臓 12 もうひとつの心臓の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前