投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『スキンヘッド』
【その他 その他小説】

『スキンヘッド』の最初へ 『スキンヘッド』 0 『スキンヘッド』 2 『スキンヘッド』の最後へ

『スキンヘッド』-1

理性を失う時を経て、始まる前よりも増した理性を持て余している。冷静と静寂は裏と表の如く、ちらりちらりと短い時間ずつ姿を見せる。
「夜の顔が好きだった」
対話ではない。返事を求めているわけではなかった。
「昼の顔を見たことがなかった」
長座の姿勢で、二人は背中を合わせて佇む。二人の視界には、自分の伸びた足しか入らない。
片方が片方の、体温を感じる事は無い。背中の感覚は、ついさっき麻痺した。
お互いの存在の否定。その時間が二人には必要だった。体温も感覚も、その行為には不必要だった。
「暗がりは輪郭を曖昧にしてくれた」
二人が同時に目を瞑るという事はあったけれど、同時に話す事は無かった。空気が二人を操っている。
「繋がりさえ曖昧だった」
二人は目を瞑り、長く長く息を吐き出した。片方が身体をねじり、背中の密着を解いた。片方は、意気なりのその変化に少したじろいた。
「見られたく、なかった」
途端、背中の感覚は戻ってきて、それは二人の思うままとなった。二つの背中の間に、突如出来た空間。空虚さを感じ取れるまでに、空気は無情に流れ出した。
「寒い」
片方は、自身の頭を腕で抱え込んだ。腕に捕えられた頭は、ビクビクと震えている。
僅かに離れている二つの背中。
震える頭を、身体を、腕は必死に止めようとしていた。
「ひとりだった」
背中は不意に繋がった。
「いつも、ひとりだった」
線が絵を作り出すように、容易く背中は繋がった。
感覚はまた消え失せる。密着した双方の背中。体温も質感も、分かる筈もなかった。知ろうとしない物は、見える筈も聴ける筈もない。分かろうとしない二人は、背中が繋がっていようと繋がっていまいと関係ないのである。
二人の神経は、自身の声にだけ注がれる。相手の声は、震える空気でしかなく何の影響力も持っていなかった。二人は、寒くなかった。感覚として温度を感じずとも、事実二人の背中は触れ合い、体温を共有しているのだから。温もりという言葉を忘れている二人に、お互いの背中は背もたれと同じ事である。
「白い」
呟く言葉は、一つとして理解を求めてはいない。砕ける白い花瓶を指しているのかもしれないし、咲き誇りやがてくちる花をさした呟きかもしれない。
呟いた本人も、それを明確に説明する事は出来ないかもしれない。理由を、原因を、考える頭。それらの機能は何処かで捨ててきた。
「寒い?」
対話ではないのだから、片方が片方に答えを求めた訳ではなかった。己への自問自答であり、動く事の無い空間を揺らすための問いである。
かすかに揺れた空間は、静寂を二人に与えてまた遠のいた。


『スキンヘッド』の最初へ 『スキンヘッド』 0 『スキンヘッド』 2 『スキンヘッド』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前