初めての夜-2
「ま、ママ?」
唇を開放され、驚きを込めた瞳で見上げた娘を、シホはバッチリとウィンクをして微笑んだ。
「口直しよ。でも、サチコはダメ。あなたにはまだ早いわ」
「そうかなぁ。こういうのは早い方がいいと思うけど?」
「余計な茶々を入れないでちょうだい! レイナにまだ早いんじゃ無くて、サチコがレイナには早いのよ」
猫科の動物のようにサチコを威嚇したシホは、レイナを両腕で抱き寄せた。自分の豊かな胸で娘の頭を掻き抱く。
「あははぁ、そうかもね。レイナちゃん、いつか三人で旅行に行きましょ? それじゃ、シホ、車のところで待ってるわ」
「さっさと行きなさいよ」
後ろめたさなどまったく見せず、大人の女性だけが持つ颯爽とした動きでサチコはリビングから出て行った。
「ゴメンなさい、ママ」
「いいのよ。こういうことに興味があるのは当たり前のことよ。でもね、ママに相談してからにして」
「はーい」
「いい子ね」
シホはレイナの頬に両手を当て、今度は優しいキスをした。
「そうしたら、色々と教えてあげる」
シホは自分の声に甘やかなものが含まれるのを、抑えることができなかった。
「レイナちゃん、もう寝たかしらね」
「どうかしら。あんな時間に寝ちゃったから、今頃ベッドで悶々としてるんじゃない?」
シホは時計を見た。深夜の一時半。
明日、正確には日付が変わって今日は日曜日だ。学校が休みということもあって、レイナはさっきまで起きていた。
観劇から帰ってきた二人は、夕食に買ってきたお寿司をレイナと共に食べながら、女同士の話に花を咲かせていたのだ。
いつもなら十一時には寝ているレイナだったが、夕方に寝入ってしまったとのことで、なかなか眠気が来なかったようだ。零時を過ぎた辺りでワインを飲ませ、部屋に戻って寝るように言ったのがついさっきである。
シホとサチコは普段と変わらない口調で話しながら、お互いにブラウスのボタンに手を掛けて脱がしている。小さな声で話しているので、端から見ると甘やかに愛を囁き合っているように見えるかもしれない。
「後で夜這いに行こうかしら」
「ダメ」
「綺麗に否定したわね。それじゃ、レイナちゃんの方からあなたのベッドに来たらどうするの?」
「それならOKよ」
「その辺がよく分からないわねぇ。結局することは一緒なんじゃないの?」
「過程が大事なのよ。前にも言ったでしょ? 同性趣味なんて普通じゃないんだから、自分の方から望んでじゃないとダメよ」
「他のノンケの娘は平気で食べるくせに」
「自分の娘だからってのが一番の理由かしら? 同性愛の近親相姦なんてアブノーマルもいいところだわ」
「その点、シホは筋金入りよねぇ。お従姉さんだったかしら? シホを仕込んだのは……」
「ええ。あの頃は誰にも言えなかったし、楽しさと背徳感で一杯だったわね」
「今はドバイだっけ?」
「そうよ。向こうでハーレムよろしくやっているらしいけど、詳しくは知らないわ。正直、会うのは避けたいし」
「ふーん。だから、レイナちゃんは『大事に』育ててるんだ」
ブラウスのボタンを全て外されたシホは肩をつかまれ、ソファに優しく押し倒された。見下ろすサチコが淫らに微笑む。
その時、恋人の視線が一瞬リビングの入口へ向いた。
「ん?」
「見てるわよ」
「……!」
誰が、などとは聞かなくても分かる。
仰向けのシホは思わず身体を起こそうしたが、両頬を押さえたサチコが強引に唇を奪いに来た。娘が覗いているということと、恋人の普段よりも乱暴なキスに、シホの心が一瞬乱れる。だが、それも本当に一瞬のことで、すぐに落ち着きを取り戻したシホは、空いた手でサチコの肉付きの良いお尻を鷲掴みにした。
「あん!」
喘ぎ声を上げて唇を離したサチコは淫らに微笑むと、再びシホの耳元に囁きかけてきた。
「なんて顔してるの、シホ」
「ええ? そんなにヒドイ顔してる?」
「ヒドイというか、だらしない顔ね。涎を垂らしていないのが不思議なくらいだわ」
キスを交わしながら、覗いているレイナに聞こえないように、二人はお互いの耳元で囁きを交わした。同時にサチコの手が恋人の腰周りを優しく撫で回す。
シホの唇から、喘ぎ未満のか細い吐息が漏れ出してきた。
「あ……は……」
「どうするの?」
「……いいわ。頃合を見て……、あの娘を呼ぶから。あなたはいつも通りに……して……」
「ホントに、なんていやらしい顔。私にもそんな顔を見せたこと無いのに。レイナちゃんにジェラシー感じちゃう」
確かにシホの心は躍り、叫びだしそうな気持ちに襲われている。自分の表情が淫らに揺れ、自然と邪な笑顔になってしまうのが止められない。鏡など見なくても、自分がどんなに淫らでふしだらな顔をしているのかがよく分かる。
呼吸が激しくなってきている。
快楽を伴った塊のような吐息が、とめどなく溢れてくる。
これから娘も交えて、女同士の淫らで背徳的な夜を過ごすことを思うと、シホの心と身体は熱く燃え上がってくるのだった。
翌日の昼過ぎ。
遮光カーテンの隙間から差し込む陽の光に照らされて、シホは深い眠りから眼が覚めた。
普段のシホはパジャマで寝ているが、今は生まれたままの姿となっている。一緒に寝ていたはずの娘と恋人を探して、シホはベッドを見回した。だが、すでに二人は起きていたようで、キングサイズのベッドに横たわっているのは、全裸の熟女一人だけだった。
「レイナ? サチコ?」
部屋の中には誰もいない。
全裸のまま遮光カーテンを開いたシホは、差し込む陽光の眩しさに目を細めた。もう一枚のレースのカーテンにはブラインド効果があり、陽光は通すが外からは中の様子は見えない。初夏の陽光に裸身を晒したシホは、安全な解放感に浸りながら、レースのカーテンも開いてしまいたい欲求に駆られた。が、理性がそれを思いとどまらせる。