断崖の旅人たち-1
バーグレイ商会が、イスパニラの守備軍隊に包囲されたのは、ルーディがラヴィを追いかけて行った直後だった。
申し合わせたように、人狼たちは姿を消し、厳しい顔をした騎士が、アイリーンにギスレ公爵邸の惨殺容疑を伝えた。
公爵の館に残されていた証拠の数々は、人狼たちが作り上げた偽のものだ。しかし人狼達は守備隊にも入り込んでおり、状況は覆せるものではなかった。
アイリーンは公爵邸の惨劇について、否定も肯定もしなかった。
「私どもは、荷運びのプロとして、仕事を遂行しただけです」
「荷運びだと!?」
からかわれたと、怒りに顔を紅潮させた騎士に、一通の手紙が差し出される。
ギスレ公爵が自分の配下の将軍たちへ向けた、ソフィア姫の誘拐を命じる手紙だった。
しかし、バーグレイ商会の人間やルーディは知っている。この証書だって偽物だ。
ルーディがギスレ公爵の屋敷で真に手に入れたかったのは、人狼との陰謀の証拠以上に、公爵直筆の手紙サンプル。
バーグレイ商会には「ワケあり」の人間が多い。
それこそ裏の世界にどっぷり浸かり暗躍していた者もいる。たとえば、筆跡サンプルさえあれば、偽の手紙をいくらでも書ける元・詐欺師とか……。
どんな状況であっても、使い方しだいでどうとでも取れる内容の手紙を数種類、アイリーンは用意していた。
これはそのうちの一枚だ。
「荷運びとこれと、どう関係があるというんだ!この手紙が本物だと証明もできんだろう!それに、うちの隊には証人が……」
騎士団長はなおも食い下がる。
「そやつとわらわ、どちらを信じるか、我が父上に聞くがいい」
馬車から姿を現した黒髪の女性に、守備隊全員が息を呑む。
ソフィア姫……療養地で静養中のはずだったシシリーナ女王だった。
人狼から自らの体臭を隠すため、きつくつけていた香水を、扇でパタパタと扇ぎ落としながら、ソフィアはあでやかに微笑んだ。
「さすがじゃの、バーグレイ殿。わらわをシシリーナから無事に”運んで”くれた事に、感謝いたす」
「当然でございます。陛下」
真面目くさった表情で、バーグレイ商会の女首領は答えた。
「私どもは、プロの運び屋です」