暗灰色の狂狼-1
まんまと人狼たちの手に堕ちた己のふがいなさに、ルーディは歯噛みした。
ラヴィが攫われた直後、ルーディはアイリーンの静止を聞かず、残り香を追ってかけだしたのだ。
冷静に考えれば、そこからすでに罠だった。同族の匂いがしなかった事を、もっと慎重に考えるべきだった。
足止め役の人狼たちはサーフィや隊商の人間に襲い掛かり、実にさりげなくルーディにラヴィを『追わせた』。
林のすぐ近くでラヴィは馬車へ押込められたらしい事がわかり、後は馬車の匂いをたどった。
朝とはいえ、既に人々は起きだしている。街中を狼の姿で駆け回るわけにいかず、人間の姿のまま、あらん限りに走ったが、やはり匂いを感知できなかった人狼たちに不意打ちされ、捕まってしまった。
「ラヴィ、止めろ!!」
怒鳴ったが、ラヴィの歩みは止まらない。
たとえ命惜しさに裏切られようと、ラヴィが助かるなら構わなかった。
言いなりになったとしても、約束どおり開放される保証はないが、少なくともそっちなら、まだ助かる確率がある。
なのに、『お守り』を使って、ラヴィがやろうとしているとんでもない事が、ルーディには通じた。
なんてバカな真似を!!
ルーディは、一瞬でも人狼たちに隙が出来れば狼化して戦える。怪我はひどく見えてもそう深くないし、この場から逃げるくらいはなんとか出来るだろう。
しかしラヴィは、確実に一撃は喰らう。即死してもおかしくない。
必死で制止したが、ラヴィにやめる気は見えない。
そして、昨夜自分が夢中で味わっていたラヴィの素肌に、ヴァリオが喰らいついた時、さらに事態はおかしな方向へ走った。
ドクン……ドクン……
ドス黒い血が、体中を駆け巡って温度を上げ始める。
幼い頃から、何度もこれに飲み込まれそうになった。
思考へ黒い霧が浸食を始め、耐え難い怒りが湧き上がってくる。
ラヴィを案ずる思考から、身勝手で理不尽な怒りへ急加速する。
それは、俺のつがいだ。
俺だけの雌だ。お前が触るのは、許さない!!
両側で押さえつけている狼たちは、無言で睨んでいるルーディの内面の変化に、気づかなかった。
そして、ヴァリオの鼻先に胡椒が叩きつけられ、鮮やかな南国の花のようにラヴィの血が飛び散った時、その黒い怒りさえも凌駕する感情が、爆発した。
一瞬で狼化し、ラヴィを引き裂く寸前の狼を食い殺したのに、ほとんど自覚はなかった。
頭の中はひたすら真っ赤で、止められない激情に突き動かされる。
極限まで興奮しきった神経が、ピリピリ全身を刺して苦しい。
胃袋でなく全身が欲する乾きと飢えが、視界に入る全てを獲物だと叫び、喰らいつけと命じる。
『発作』を起し暴れ狂うルーディに、人狼の部下達はなす術がなかった。
一瞬で、二頭が引き裂かれた。
投げ飛ばされた死体が、派手な音と木片を撒き散らしてホールの扉を叩き壊す。
人狼たちは決して臆病ではない。『発作』を起した相手への対処も心得ている。
連携して同時に飛び掛ったが、小うさぎの抵抗ほどにしかならなかった。
更に三頭を絶命させたルーディは、派手な水音と陶器の割れる音に振り向く。
花瓶の水を頭からかぶり胡椒を洗い落としたヴァリオも、漆黒の狼へと変化していた。
人間の時も彼はルーディよりわずかに長身だったが、狼化してもそれは同じだった。