囚われのつがい-3
「女、自分で選べ。ルーディのつがいとして我らに処刑されるか、自分の命を取るか」
「……ひどい」
小さく震える声に、精一杯の非難を込めた。
だが、ヴァリオには髪一すじほどの苦痛も与えられなかったらしい。
「ルーディ……」
そっとルーディを見ると、琥珀の瞳に傷ついた色が浮かんでいたが、「止めろ」とは言わなかった。
ラヴィが助かるなら、耐え忍ぶつもりなのだ。
「……」
「さぁ、どちらを選ぶか決めろ」
「……私は、ルーディのつがいを止めます」
「フン、随分あっさりしたものだな」
「だって私、無駄死には嫌なの」
ルーディを振り返り、微笑を浮かべる。
「ごめんなさいルーディ、さようなら」
そして、くるっとヴァリオへ振り向きながら、ルーディに見えるよう、さりげなくポケットを軽く押さえた。
そう、無駄死には嫌だ。無駄になんかするものか。
「ラヴィ!?――っ、ダメだ……っ!止めろ!!」
ルーディの急にあげた制止が、意図の伝わった事を示していた。
彼は本気で止めてくれている。
だけど、これはラヴィが自分で決めた事だ。
「ラヴィ……やめてくれ……お願いだから……」
周囲の人狼たちは、ルーディの言葉を自分達の良いように解釈し、嘲笑をあげた。
低く喉を震わせて笑ったヴァリオが、ラヴィを引き寄せ首筋へ乱暴に歯を立てた。
「っう!」
突きたてられた牙の痛みに、小さく悲鳴があがる。流れ出した血が細い川になって衣服に赤い染みを広げ始めた。
「ルーディ、少しでも眼を背ければ、その場で女は殺す」
鋭い爪が、衣服の胸元を縛る紐を切り、布地も引き裂き始めた。
「ぅ……」
競りあがる恐怖に、足から力が抜けそうになる。
――今までずっと、ただ周囲に流されて生きて来た。
私は生まれつき不運なんだもの。
仕方ないじゃない。努力したってどうせ、うまくいくはずない。
そう思えば、楽だった。
近寄るなと父に言われれば、その通りにした。
髪型を変えろと姉に言われれば、その通りにした。
あなたは大人しくて何も出来ない子だと言われれば、その通りにふるまった。
とつぜん結婚しろと言われても、拒否しなかった。
誰かの指示する通りに動けば楽で、責任もとらなくて済むから。
本当は、やりたい事もできることも、ちゃんとあった。
それに気づいてくれた人もいた。
ただラヴィが、それらから目を背けて脅えていただけだ。
けれど、ルーディは違う。
裏切り者と罵られながらも、懸命に一族の未来を救おうとした。
ラヴィの愛するルーディは、自分で考え戦える人。
助かるのは、彼であるべきだ。ラヴィじゃない。
自分で選んだ。
後悔はしない。
なんて幸運なんだろう。
ルーディは縛られていない。一瞬でも両脇の人狼たちがひるめば、彼は逃げられる。
そして、そして……ラヴィのポケットには……
「くぅっ!!」
裂けた衣服から小ぶりの乳房が覗き、そこにも噛みつかれた。
痛みに仰け反りながら、必死にポケットに手を突っ込む。
“ フラヴィアーナ、悪い狼が出たら、これでピシャリとやっておやり ”
世界中のどんな十字架よりも効果的な『お守り』の蓋を外し、ヴァリオの鼻先に叩きつけた。
胡椒の煙と共に、人狼の咆哮があがった。
仰け反ったヴァリオに殴り飛ばされ、ラヴィは目を瞑って息を止めたまま、床に転がる。
左胸から斜めに激痛が走り、あまりの痛みにそのまま目もあけられない。生暖かい血があふれ出している光景が脳裏に浮かぶ。
「族長!!」
人狼達が驚きと怒りの叫び声をあげ、飛び掛ってくる気配を感じた。
誇り高い人狼の長が、たかが人間の小娘に……それも胡椒の瓶なんかで悲鳴をあげさせられたのだ。
頭に血が上った彼らはルーディを放り出し、人の姿をとっていた者も全員が狼に変身して、ラヴィへ一斉に襲い掛かる。
いたい、いたい。周囲がどうなってるかも、わからない。
ただ、怒り狂った狼たちの吼え声が耳をつんざく。
身体にくっついて残っていた胡椒のせいか、くしゅんと小さくクシャミが出た。
(なんだか間抜けな死に様ね)
痛くて身体が重たくて、目を開けることも出来ないまま、そんな考えが妙にくっきり頭に浮かんで、笑いたくなった。