人狼の族長-2
廊下に出ると、数人の男達が迅速に駆け寄ってきた。
いずれも筋骨逞しく、陽に焼けた顔は鋭い捕食獣を思わせる。人狼の生き残りたちだった。
着ている赤い軍服は、ヴァリオの物と同じく、イスパニラの小隊を襲って奪ったものだ。
彼らの手に提げた剣からは、人血が滴り落ちている。
「ご命令どおり、この屋敷の使用人は、皆殺しにいたしました」
一人が膝をおって報告した。
この邸宅は臨時滞在用で、使用人の数も少ない。人狼が数人いれば、一人づつの不意をつき、声をあげさせる間もなく絶命させるのは容易かった。
次の命令を待つ人狼達に、ヴァリオは素早く指示を出す。最後に念を押した。
「例の草を食べるのを、忘れるな。憎い裏切り者だとしても、ルーディを侮ると痛い目にあうぞ」
今朝方、すでにそれを痛感させられていた人狼たちは、神妙な顔で頷き、それぞれの持ち場へ駆け出していった。
広い邸宅には、血と臓腑の臭気が充満しつつある。
ヴァリオは満足気に喉を鳴らした。
明日の朝には、この屋敷の惨劇は、バーグレイ商会の仕業として公表される予定だ。
表向きは静養地に滞在しているはずのソフィアが、実は病の床になどいない事を人狼たちは知っている。
公爵の、彼と同じくらい間抜けな部下から情報が漏れ、彼女は今一歩の所で人狼の爪から逃がれたのだ。
バーグレイ商会が手を貸しているところまでは掴んだが、それ以降どこにも見つからない。匂いもたどれなかった。
土地を手に入れた以上、公爵への義理をたててソフィアを狙う必要もなかったが、別の思惑からヴァリオはバーグレイ商会を探させ続けていた。
バーグレイ商会……フロッケンベルク国の手先へせめて一糸報いなければ、たとえ安住の地を得られたとしても、一族の心は静まらないだろう。
更に、目前で彼らを攻撃すれば、隠れ続けているルーディを炙り出すこともできる。
しかし王都の北端にようやくバーグレイ商会の馬車を見つけ、狙い通りルーディも見つけた人狼達は復讐に眼が眩み、ヴァリオの指示を待たずに襲い掛かってしまった。
そして手痛い反撃を喰らい、半数に減って恥じ入った様子で戻ってきた。
部下達を厳しく叱責したが、彼らが持ち帰った重要な情報を聞き、ヴァリオは次の行動を定めた。
「それにしても、ルーディが人間のつがいを選ぶとはな……」
人狼の薄い唇に、皮肉な冷笑が浮かんだ。
ルーディが人間の娘をつがいにしたと聞いたときは驚いたが、考えてみれば、長く人間の中で暮らしていたのだから不思議は無い。
「ルーディ。お前とお前のつがいのために、とっておきの舞台を用意しよう」
懐かしい弟の姿を脳裏に浮かべ、ヴァリオは腹の底から笑い声をあげた。