赤の王族-2
「ソフィアもソフィアだ。この大事な時期に、身体を壊すなど!」
王の呟きは、娘の身を案じる気持ちからではなく、極めて利己的な怒りからだった。
今回、ソフィアの帰国には大きな意味がある。
イスパニラ王の娘であり、前シシリーナ王の正妃だったソフィアは、先の夏にシシリーナ国の女王として戴冠している。だが、これは極めて異例で奇妙な事体なのだ。
もしソフィアと前王の間に子がいれば、何も問題なかった。しかし異国から嫁いだ女性をそのまま王に据えるなど、通常では有り得ない。
王に近しい親族か……少なくとも、シシリーナの王はシシリーナの人間であるべきなのだ。
その大前提を強引に覆せたのは、もちろん周囲の想像通り、イスパニラ軍の圧力があってこそだった。
ソフィアが帰国したら、シシリーナの王権を少なくとも半分以上、父である自分に献上させるのが、イスパニラ王の思惑だった。
そうなれば、肥沃な大地と盛んな交易で巨万の富を誇るシシリーナ国は、完全にイスパニラの属国となる。
ソフィアには、すでにその意志を命令として手紙で伝えてあった。
娘があの富裕な国を手に入れられたのも、自分が嫁ぎ先を斡旋し、武力を貸し出したからだ。
要求は当然の権利だ。
そうでなくとも、子は親に尽くすものではないか!
ところが、その肝心なソフィアは静養地に引きこもったまま、一向に父の元に向かおうとはしないのだ。
焦りと苛立ちを、王はそれ以上露にしなかった。
大陸随一を誇る強国の王としてのプライドが、そうさせた。
子どもたちを退室させ、ふと弟が部屋に残っているのに気付いた。
王家の一員として、祝いに加わるように領地から呼び寄せてはいたが、いてもいなくても同じ……それが弟ギスレに対する王の評価だった。
正直に言えば、この部屋に弟がいる事すら、ほとんど王は忘れかけていたくらいだ。
「まだおったのか」
じろりと睨む王に、弟は愛想笑いを浮かべて話しかけた。
「実は内密にお話がございます」
ギスレ公爵は五十過ぎの小柄な男だ。
血色の悪い顔と貧弱な身体を、サイズの大きい軍服とマントで立派に見せようとしているが、ダボついた衣服がさらに貧相に見せている。
一流の軍師を自負してはいるものの、彼の策などを採用していたら、イスパニラは領土の半分をとうに失っていただろう。
王も見離し気味で、遠い海辺の植民地を領地に与え、適当にあしらっているのが実情だ。
「なんだ。手短に話せ」
「はい……フロッケンベルクの使者が、王子達と密かに会っている事をご存知ですか?」
わざとらしく声を潜め、ギスレ公爵は囁く。
「フロッケンベルクだと!?」
忌まわしい魔国の名に、思わず王は椅子から身体を浮かせた。