隊商の護衛少女-6
まだ、夜が明けきらない早朝だったが、隊商の人々は朝の仕事に忙しい。火を起こして湯を沸かす者、馬に水をやる者……。
雨こそ降っていないが、今日の空は分厚い灰色の雲で覆われており、陰気で憂鬱な空模様だった。
「ラヴィ。こちらの皮むきを一緒にお願いいたします」
サーフィが籠いっぱいのジャガイモを腕に抱え、川辺へと促す。
朝日の中で見るサーフィは、本当に美しいと改めて思う。
切れ長の目元は凛々しく、白い肌にはしみ一つない。流麗な曲線を描く頬や、すんなり通った鼻筋。まるで生きた芸術品のようだ。
川辺で一緒に野菜の皮を剥きながら、たわいない雑談に花が咲く。
サーフィは優雅で丁重な物腰ながら気取りもせず、臆病なラヴィでさえとても親しみやすい。
つい感心してため息が出た。
「サーフィってすごく素敵。優雅で美人だし、強いし……何でも完璧に出来そう」
「ラヴィにも、十分に特技があると思います」
スルスルとジャガイモの皮を剥くラヴィの手元を、サーフィが感心して眺める。
「刀は幼少より親しんでおりますが……恥ずかしながら、包丁は未だに苦手です」
そう言われてよくみれば、確かにサーフィの手つきはやや危なっかしい。
「そうそう、サーフィがここに来た時は、酷かったもんな!」
不意に大きな岩の向こうから、小さな男の子がひょこっと顔を突き出した。
縮れた赤毛に、ソバカスたっぷりの顔で、体中から溢れる元気が見えそうな気がする。
「タマネギの皮を全部剥いちゃってさ、中身がなくなったって、大騒ぎだ」
「……え?」
「ええ、ええ。そうですとも坊ちゃん。ついでに、ピーマンの中身が空っぽだと驚いた事も暴露して頂いて構いませんよ」
顔を赤くしたサーフィが、じと目で男の子を睨んだ。
笑い声をあげて男の子が逃げていってしまうと、サーフィは濡れた手元に視線を落とし、ポツリと呟いた。
「私は完璧ではありません。ですが、本物の完璧という御方を、この目で見て育ちました。その御方に、ここの勤め口を紹介して頂いたのです」
「サーフィから見て完璧なんて、きっとすごい人なのね。その人も隊商にいるの?」
なんの気なしに言ったのだが、サーフィの表情を見て、ラヴィは息を飲む。
そこには苦しみ悩む一人の少女の顔があった。
「いいえ。……もう二度と会わないと、宣言されてしまいました」
ラヴィにというより、自分に言い聞かせているように、サーフィは静かに独白する。
「この隊商の暮らしが、とても好きです。ここには、私の欲しかった全てがあります……ですが…………」
ふと、サーフィは顔を上げ、涼やかな目元だけで寂しげに微笑んだ。
「貴女の件に口を出したのは、ごく身勝手な感情からです。ルーディ殿と貴女の関係など知りもしないのに……。どうぞご容赦を」
「そ、そんな……」
きちんとした説明は未だにされないし、解らない事だらけだ。
けれど、サーフィの助け舟がなければ、きっとルーディとはあのまま永久にお別れだっただろう。
「うぉんっ!」
突然、一頭の大型犬が尻尾をふりながら駆け寄ってきた。
「きゃぁぁっ!!!」
悲鳴をあげて後ずさるラヴィに、サーフィは一瞬驚いたようだったが、すぐに犬を押さえてくれた。
「大丈夫です。むやみに襲うような犬ではございません」
そう言われたが、ガチガチと鳴る歯と身体の震えは止らない。
「だ、ダメ……だめなの……犬は……狼みたいで……」
「え?ですが……」
怪訝な顔でサーフィが言いかけた時だった。
「サーフィ!!北西にヤツらだ!!」
廃屋の屋根で見張りをしていた男が、鋭く叫んだ。
サーフィが腰の刀に手をかけ、その表情が一気に引き締まる。犬も心得た様子で、一目散に馬車へと駆け戻っていった。
「早く馬車の中へ!!」
子どもたちを馬車の中に非難させ、隊商の人間たちは槍や弓矢を手に身構える。
一体、何が来るのかもわからなかったが、とにかくラヴィも大急ぎで馬車に駆け出した。
ところが……