隊商の護衛少女-5
王都の北端に位置するうらぶれた地で、ようやくサーフィは馬を止めた。
すでに夜明けも直前の時刻だった。
ここも一応、王都の内部のはずだが、ルーディの家がある中央市街地と、くらべ物にならないほど寂れていた。
はげしい争いの末、イスパニラに飲み込まれた土地なのだろう。野ざらしの躯や地面で錆びている甲冑、折れた剣。戦火の爪痕がなおも生々しい。
元は農耕地だったようだが、再び作物が育てられる予定はなさそうだ。よほど後味が悪い事でもあったのかもしれない。
あまたの犠牲と不幸を出して奪い取られながら、あげくに見捨てられた土地だ。
きりたった峡谷と林の間に、焼け落ちた廃屋がチラホラ残っているが、生者の気配がするのは何台か置かれている幌馬車や荷馬車だけだった。
どの車体にも青いペンキで『バーグレイ商会』と書かれている。
焚き火の傍で見張りをしていた痩せぎすの中年男が、サーフィに手を振った。
「よぉ、サーフィ。お帰り……ん?」
ラヴィを見て、男は首をかしげる。
「一人増えてるような気がするが、どこで拾って来たんだ?」
「ルーディ殿から、お預かりいたしました」
サーフィが馬をなでて労いながら、答える。
「首領は眠っておりますか?仕事の報告と、彼女の件でご相談があるのですが……」
「見張りを交代したばっかだから、まだ起きてるだろうよ。馬は俺が休ませるから、行って来るといい」
男は幌馬車の一つに顎をしゃくった。
サーフィが礼を言って手綱を渡し、馬車へと向かう。ラヴィも軽くお辞儀してサーフィの後に続いた。
「――まったく、困った事をしてくれたもんだね。サーフィ」
薄暗い幌馬車の中で、煙管を手にした中年女性は一連の話しを聞き、顔をしかめた。
赤毛にターバンを巻きつけた彼女は、中肉中背の身体を大きなクッションにもたれさせ、迫力満点の厳しい顔でサーフィとラヴィを交互に睨んだ。
彼女がアイリーン・バーグレイ。隊商の女首領で、サーフィの雇い主だそうだ。
隊商の女性が、たいていそうであるように、薄い麻布のカラフルなチュニックを何枚も重ね着し、木や鉱石で造った腕輪と首飾りを多数つけている。彼女が身体を動かすと、それらが軽快な音をたてた。
「勝手な真似とは承知ですが、彼女の身の安全を考えると……」
おずおずとサーフィが弁解するが、アイリーンに厳しく一瞥され、黙りこくる。
幌馬車の中にいるのは、女性ばかり四人だった。
ラヴィ、サーフィ、アイリーン……そして薄いベールをかぶった黒髪の女性だ。
ソニアと呼ばれていた彼女は、一言も口を聞かず、ひっそりと隅に詰まれたクッションの合間にたたずんでいる。
彼女のベールの布地が非常に高価な輸入品だとラヴィは気づいた。亡き姉が自慢していたものと、同じ種類だったからだ。
身につけている香水も上質らしいが、少々つけ過ぎたようだ。狭い幌馬車の中には、むせ返るような花の香りが充満している。
「……まぁ、アンタのいう事にも一理あるよ。ルーディにもあとでお説教だ」
やがて、こめかみを押さえながら、アイリーンは紫煙の深いため息を吐き出した。
「ラヴィ。今夜聞いた事、これからここで知った事は、一切他言無用だよ」
ジロリと睨まれ、あわててラヴィは頷く。
「それから、余計な質問もご法度だ」
「はい……」
「最後に、ここに居る間は手伝いくらいしてもらうよ。それなら居ても良い」
「はいっ!」
「ふぅん、いい返事だね」
アイリーンはニヤリと笑った。
最初は妙に迫力のある怖そうな女性と思ったが、どこか懐かしいような気がした。
あとになって気づいたが、育ての親の老婦人に、雰囲気が似ていたのだ。