変わり者の錬金術師(注意、性描写あり)-1
「ハハ、いいカモにされちゃったか」
青年は苦笑したが、そう腹をたてた様子でもなかった。
市場では、冷たいのか暖かいのかよく解らない人だと思ったが、背中ごしに伝わる雰囲気は、今では混じりけなしに暖かいものになっていた。
「ええと……そういえば、君の名前をまだ聞いてなかった。俺はルーディだよ」
「……ラヴィです。ご主人さま」
正確には、フラヴィアーナ・ベラルディだ。
しかし、そんなご大層な名前を奴隷が名乗ったら笑われそうな気がして、短くそう答えた。
「ラヴィか、可愛いね。でも『ご主人様』は止めて欲しいな。ただのルーディだ」
「でも……いえ、ですが私は、貴方に買われました……」
「慣れてないなら、堅苦しい言葉も無理使わなくていいよ」
可笑しくてたまらないというように、小刻みに喉を震わせてルーディは笑う。
「正直言えば、俺も苦手でね。気楽に話してよ」
「え……ええ」
「俺さ、フリーの錬金術師なんだ。機械より、薬品調合が専門。そりゃ、貴族のお抱えほど裕福ってわけにいかないけど、そこそこは喰ってける。今頼まれてるのは、新しい媚薬の調合なんだけど、処女でも十分効くようにって条件つきで……」
そこまで聞いて、もしかしてと思ったが……悪い予感はやはりあたった。
「君に頼みたいのは、媚薬の体感なんだ。俺の知り合いには、経験豊富なお姉さんしかいなくってね。相談したら、奴隷市場で一人処女を買えばって言われて……」
「っ!?」
あっけらかんと言われ、しがみついている手が震えた。
「ああ、大丈夫だよ。中和剤もあるし、本当に抱くわけじゃない。それに催淫効果だけで、人体に害が無いのは保証するから」
「……」
この青年はやはり、頭のネジがどこか緩んでるのだろうか?
それとも錬金術師というのは皆こうなのか……。
錬金術師にもフロッケンベルク人にも知り合いはいなかったから、判断できないが、どう控えめに見ても変わり者には違いないだろう。
「……そういう……問題じゃ……」
ようやく調子の戻りつつある声で、そっと抗議した。
「え?」
ルーディが首をよじって、目端の視線をラヴィへ向けた。
「うーん、そっか……よく考えたら、やっぱ無神経な話だな。」
「……」
「ごめん。俺は思い込むと、どうも回りに目がいかなくなるみたいで……」
出会ってから一時間足らずの間、ルーディは幾度と無くラヴィを驚愕させたが、次の言葉は更に耳を疑うものだった。
「じゃぁ、媚薬の開発が終わったら、君をその場で自由にするって条件で、協力してくれないか?」
「……自由に?」
「そもそも、君に頼みたい仕事はそれだけだしね」
「あなたって……変……」
信じられない。
いくら低ランクの奴隷だったとはいえ、それなりの金を払ったのに。
それとも……口先で言っているだけかもしれないと思った。
どんなに優しそうに見えても、人間がどれほど醜い本性を内側に隠しているか、思い知ったばかりだ。
「頼む必要なんか……命令すればいいのに……それに、処女を探してるなんて……わたし、てっきり……」
そこまで言って、ラヴィは赤面して言葉を切った。
「ん?……ああ。そうだなぁ、そういう手もあった」
くくくっと、喉を鳴らして愉快そうにルーディは笑った。
「安心していいよ。俺の尊敬する人が、『世界で一番、見下げはてた行為は、女性を力づくで抱く事だ』って言っててね。あの人を失望させる真似はしたくない」
「……そう」
「けど、発言には気をつけるべきだね。あんな事言ったら、合意だと受け取られかねないよ」
ルーディは本当に陽気で、よくしゃべる。おどけた調子で、歌うように付け加えられた。
「よく言うだろ?男はみんな狼だって」
「!!!」
ルーディの肩に、思わず食い込みそうなくらい爪を立ててしがみついてしまった。
「っ!どうした?」
「狼は大っ嫌い……犬も……怖いの」
「……そっか」
短い返答は、なんとなく寂しそうに聞えた。
それきりルーディは、黙りこくってしまった。