変わり者の錬金術師(注意、性描写あり)-4
錬金術師の部屋というのは、怪しげなドクロや薄気味悪い剥製などがいっぱいあるものだと、ラヴィは勝手に想像していた。
しかしルーディの部屋にあったのは、机とベッド、本棚から溢れ出た本の海と、ところせましと置かれている薬草やガラスの実験器具たちだった。
部屋の一面には、大きな窓が有り、庭に直接出て行けるようになっていた。
その庭も夜の闇が覆いはじめ、登ってきた細い月が銀色の光を降り注ぐ準備をしている。
食事の後、ルーディはラヴィの体中についた傷に薬を塗り、丁寧に手当てしてくれた。
そうしたら、もうこんな時間になってしまったのだ。
媚薬の体感など、できれば明日に……いや、本当を言えば出来るだけ先延ばしにしたかったが、そうはさせてもらえなかった。
「――香水にしたんだ」
書き物机の近くにねじ込まれている椅子に腰かけ、差し出された香水のビンを、恐る恐るラヴィは受け取る。
さっきからルーディは、別人のように見えた。
優しげな基本はかわらないものの……少し冷たい印象というか……
市場で「確かに処女だね。」と言った時の、冷静な錬金術師になっていた。
「この香りを嗅いで欲しいんだけど……ああ、ちょっと待って」
引き出しから紙バサミを取り出し、ルーディは手を伸ばす。
「悪いけど、前髪をあげてくれるかな。顔色の変化も見たいから」
パチン、パチン。
紙バサミが、ラヴィの前髪を挟んで後へ持ち上げる。
「この髪形は傷を隠すため?十分可愛い顔してるのに、隠しちゃうのは勿体無い気もするね」
「……」
半面の傷が晒されるのは嫌だったが、すでにルーディはこれを見ているのだ。
それに、どのみち彼はラヴィを女性として見ているわけじゃない。
「それじゃ、嗅いでみて」
香水瓶に入っていた薄紫の水が、霧状になって吹き付けられる。
目を瞑って、ラベンダーに似た甘い香りを深く吸い込んだ。
「……特に変らないみたい」
十分ほど経ってから、ラヴィは遠慮がちに言った。
「はぁー、失敗かぁ……」
残念そうにため息をつき、ルーディはノートに何か書き込む。
「それじゃ、明日はまた少し調合を変えたのを試してくれる?今日はもういいから」
「ええ」
なんとなくほっとして、ラヴィは立ち上がった。
ルーディはラヴィの部屋まで用意してくれてあった。二階にある小さな部屋で、きちんとベッドも置かれている。
久しぶりにまともな寝台で眠れると思うと、嬉しくてたまらない。
「おやすみなさい」
熱心に本をめくるルーディに、そっと声をかけた。
「おやすみ」
返事なんか期待してなかったのに、ルーディは本から目をあげ、ラヴィを見てちょっと笑った。
「ハハ、忘れてた」
長身の青年は立ち上がり、ラヴィの髪を留めていた紙バサミへ手を伸ばす。
その変化は、突然起こった。
「っん!」
髪に触れられた瞬間、意志とは無関係に裏返った声が喉をついて出た。
「え?」
「ぁ……ぁ……」
ドクドクと、体中の血液が急激に加速を増しはじめ、額にじわりと汗が滲む。
「は……あ……ぁ」
瞳に涙の膜が張って、ルーディの顔がぼやけた。
もどかしいような熱が肺の奥から競りあがり、力が抜けていく。
足がもつれて転びそうになり、ルーディに支えられた。
「ふぁぁっん!」
自分の口から、発情期のネコみたいな声があがるのが、信じられない。
「成功……してたのかな?」
困惑気味に呟くルーディを、精一杯睨んだ。
「ん、んん……害はないって……言ったのに……ぃ……嘘つ……き……」
「いっ、いや……催淫効果はあるけど……辛い?」
「は……あ……これっ…いや……」
「中和剤を飲めば、すぐ治るから」
身体中がジクジクした熱に侵されて、辛くてたまらない。
ルーディの逞しい腕から伝わる体温が、ラヴィを蝕む熱に追い討ちをかける。
腕から逃れようともがいた拍子に、机にぶつかった。
「あっ!」
机の端に置かれていた薬ビンが床に落ち、あっけなく割り砕ける。
「うわ!まずい……」
額に手をあて、ルーディが呻いた。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、こんな場所に置いたのが悪いんだし……それに、君に申し訳ない事になるというか……」
すまなそうな表情で、ルーディはラヴィを見下ろす。
「割れたのは、媚薬の中和剤なんだよ」