絶望の奴隷少女-4
珍妙な青年客が帰ると、奴隷商人は大きくため息をついた。
長くこの商売をやっているが、あんな客は初めてだ。
まともに見えたが、あの男は頭がイカれてるに違いない。もう二度と来ないで欲しいもんだ。
そう思ったが、厄介払いが出来てよかったとも、内心で頷く。
『爪痕』は大人しく、暴れて手を焼かせたりする事もなかった。
顔の傷にしろ、あの程度ならいくらでも誤魔化しようがある。
深いアメジストの瞳はぱっちりと大きく、小動物のような愛らしい顔立ちだ。
小柄で体つきは少々凹凸に欠けるが、その手が好きな客も多い。しかも若いし処女。安く仕入れたときには、儲けものとさえ思ったが……とんだ計算違いだった。
彼女のかもしだす陰鬱な雰囲気は、商人を辟易させた。
陽気な奴隷などいないが、それにしても限度というものがある。そこまで絶望するのは、主人の元にいった後でいいのだ。
“もしかしたら”
どれほど絶望しているように見えても、市場にいる間はまだ、奴隷たちはわずかな希望をもっている。
もしかしたら、優しい主人に買われて、夢物語のような未来を手に入れられるかもしれないと……。
その砂粒ほどの希望を、誇大に膨らませてチラつかせ、女衒や子買い人たちは、貧しい家庭から『商品』を仕入れてくるのだから。
そしてそれは、奴隷たちの間に伝染する。
最初は絶望しかもっていない奴隷も、数日すれば小耳に挟んだその希望にすがり出す。
地獄のような絶望から自分を慰撫するために、幻想の希望を麻薬のように舐めしゃぶる。
しかし、爪痕にはそれが一切なかった。
何日たっても、ひたすら真っ黒い絶望しかない。
わざと耳に入るように、『嘘っぱちな希望』を囁いてやった事もあった。
なのに、彼女はそれが自分におこるかもしれないと、微塵も欠片も、まったく思わなかったようだ。
いい加減にしろ、と怒鳴りつけたくなるほど、不愉快だった。
せめて、あの鬱陶しい前髪をなんとかして、少しは商品価値をあげようとも思った。
しかし、急にハサミが壊れたり、商人自身に腹痛が襲ったりと、なぜか期を逃し続けていたのだ。
偶然の一致にしても、あの陰気な雰囲気が余計に不気味さに拍車をかける。
店にいられるだけで、こちらの運気まで悪くなりそうだった。
残虐な買い手だって、その僅かな希望を叩き潰すところに喜びを感じるのだ。最初から絶望しきっている女なんか、面白くないのだろう。
この数週間、何人か来たお得意さんにも薦めたが、誰しもあの少女には首をふった。
銀貨をしまい、奴隷商人は首を一つふって、また商売にもどる。
なんにせよ。当分笑い話のネタには出来そうだ。
ボロボロの少女をおぶって歩く青年に、街を行き交う人々が時折振り返る。
「……し……た」
「ん?なんか言った?」
背中からかすかに聞えた声に、青年は聞き返す。
「わ……たしの………は……でした」
「え?」
「わたしの……ねだん、本当はあの半がくでした……」