46 受容体-1
仕事始め恒例、達磨奉納を終えて、職場近くの居酒屋で新年会が行われた。
私は先輩女性数人に離婚について突っ込まれ、女ってこういう話題が好きなんだな、とげんなりした。
デニムのポケットに入れていた携帯が短く振動し、メールの着信を告げた。ハルからだろうかと確認すると、意外な人物からだった。
『ミキ嬢、久しぶり。寒いけど風邪などひいてないですか?
久しぶりに会いたいと思っています。今度横浜に行く用事があるんだけど、どうかな?ゆっくり近況報告でも出来たらと思います。』
動きが止まる。ゆっくり近況報告――。
「俺の彼女になって。俺の物になって。俺しか見ないで」
ハルの言葉が頭を去来する。私は捨てなければいけない。どちらかを捨てなければ、前に進めない。心から笑えない。顔から影を拭えない。
そのままトイレに行き、返信をした。
『こんばんは。実は離婚をして、引っ越しました。横浜からなら電車ですぐなので、良かったら家に来ませんか?何もお構いできませんが。』
トイレから戻り、元の場所ではなく、さいちゃんの隣に座った。
「高円寺の人からメールが来た」
「うわ、久々じゃん」
「どうしよう」
「何、どうした?」
飲み会が終わり、殆どの人間が2次会へ向かったが、私とさいちゃんは2人でカフェに入った。いつもそうだ。会社の旅行の帰りでも、研修の帰りでも、さいちゃんとは2人きりでどこへでも行けてしまう。2人、似た者同士で気が合うのだ。田口とはまた違った、男女の友情を感じる。
「何てメールが来たの?」
カフェモカが入ったカップから、白い湯気がゆらゆらと立ち上り、甘い香りが鼻をつく。
「今度会いたいって」
「んで?ヤりたいって?」
「そんなムラムラを前面に出すような人じゃありませんっ。さいちゃんと一緒にしないで」
むっとして唇を突き出すとさいちゃんは笑った。
「庇うねぇー。余程好きなんだな、その人」
ふんっ、と鼻を鳴らした。あぁ、可愛げがない。
「うちに来るように言っちゃったんだ」
「別にいいじゃん、そのままヤったら?」
カップを持ち、カフェモカに口を付けた。まだ熱い。
「もう、やめようと思ってるんだ、そういうの」
「どうして?」
さいちゃんも熱かったのか、ブラックコーヒーが入ったカップをすぐにテーブルに戻した。
「さいちゃんは妹が沢山いて、面倒にならないの?1人に絞ろうとか思わない?」
暫く考えて、口を開く。
「俺は、まぁ、面倒ではあるけどな。でも絞れないな。どれもいい」
「私もそうなんだよ。どれも良い。だけどもう、それじゃいけない気がするんだよ。俺だけを見てくれ、って言われて、嘘は付けない」
さいちゃんが私の顔をじっと見つめる。
「そう、誰かに言われたの?」
「うん」
さいちゃんの手がテーブル越しに伸び、私の髪をその指先で撫でた。
「それに従おうと思ったなら、その通りにしたらいい。他の人の事を断ち切ってでも、その人について行ったらいい。
俺の妹達は、そんな事言わないからな。俺以外にも男がいるんだろうし」
「さいちゃん、結婚遅そう」
「大きなお世話じゃ」
お互い、コーヒーをひと口飲んだ。
「さいちゃんに聞いて貰って良かったよ」
「俺でも役に立った?」
「うん。基本、似た者同士だし」
「俺はいつでもノッチの味方だ」
タキと同じような事を言うなぁと思って、小さく笑った。