44 プロテスタント-1
「もしかして、また負けた?」
水曜の休憩室では週末の賭けの勝敗がついて、小銭のやりとりをしている。
「でもでも、土曜日は記憶にないんです。残っていたのはゴムしかないんです」
「でも使用済みだろ」
「はい」
「じゃ、負け。俺と斉藤に400円ずつねー」
小野さんが慈悲も何もない声でお金を徴収する。
「何で私ばっかり賭けの対象になるんですか?さいちゃんも妹達とサカってるのに」
「俺は必ずヤるから、賭けになんねーの。生理日まで調べてあんの」
うわ、こいつ開き直ってやがる。小野さんは既婚者だから、行っても風俗。浅田さんは彼女がいないので、こちらも風俗。そしてさいちゃんは「必ずヤる」宣言。真面目な顔で「今晩だけ彼女になって」と言った太一君を思い出すと、賭けなんかにしてしまって申し訳ない気持ちになった。
「それにしても、ゴムしか残ってなかったって、意識ぶっ飛んでたんだな。何か想像したらムラムラしてきた。半勃ちだわ」
そう言って小野さんは自分の股間に手を当てる。
「小野さんは生涯中2の人生を歩んでください」
小銭が消えた財布のファスナーを閉じた。
タキと居酒屋で呑んで帰ると、既に自宅には明りが灯っていた。
「お帰り」
「あ、ただいま。帰ってたんだ」
なるべく視線を合わせないように会話をする。鞄を置き、携帯を充電器に差し込む。
「あのさ、離婚の件なんだけど」
私は顔をあげ、無言で将太を見た。将太は私から視線を外した。
「離婚するよ。親にも相談して、引っ越し代とかまぁ、新居の敷金とか、その辺も負担するから。時間がある時に、離婚届取ってきてもらえる?」
「うん、分かった。何て言えばいいのか分からないけど、あの――ありがとう」
「お礼言われるのも何か変な感じだなぁ」
将太はへへっと短く笑った。私の顔にも、安堵の笑みが零れた。
この家に住んで、こうして心からの笑みを浮かべたのは、いつ以来だろう。PCの電源を入れながら考えた。
それから数日で新居の物件探しをした。母は「少しでも実家に近い所に住め」と言い、結局父が探し出した、2DKのマンションに決めた。
駅から徒歩十五分、山を越え谷を越える物件だが、広さも収納も十分あり、1人暮らしには勿体ない物件だ。
引っ越し当日までに離婚届を書き上げ判を押し、もう私が腰掛ける事はないであろうソファに置いた。将太と一緒に選んだ赤いソファを、指で触った。テーブルにあったメモ帳に走り書きした。
『将太へ
今までありがとう。離婚届、書いたら提出してください。時間が無ければ私に送ってください。
将太の1番の理解者でありたかった。分かってあげられなくてごめんね。わがままばかりだった私を、それでも愛してくれて、ありがとう。
ミキより』