43 刻印-2
出庫ラッシュに見舞われずスムーズに太一君の家まで戻ってきた。
明日は午後から仕事なので、午前中の便で帰る事を伝え、「じゃぁお酒は控えめにしないとね」なんて言われた。太一君も空港まで私を送るために、半休を取ってくれているらしい。
「今日はお互いお酒に飲まれないように」
そんな交通安全の標語の様な事を言いながら、昨日と同じペースでお酒は進んだ。しかし記憶は飛ばないギリギリの線で、昂揚感だけを感じていた。
シャワーを借りて、Tシャツと短パンという色気のない格好に着替えた。
シャワーを浴びてもなお酔いは抜けず、何を話してもケタケタと笑っている自分がいた。太一君も私ほどではないにしろ、ゲラゲラ笑っていた。ベッドで腹を抱えて転がりまわっていた。
昼でも夜でも外でも部屋でも、ひまわりはひまわりだった。暗い照明の中で明るく咲き誇るひまわり。
「あぁぁ、酔っぱらってるぅー」
そう言いながらベッドに大の字になった。太一君も隣に横になり、私の方を向いたので、私もそれに倣って太一君の方を向いた。
「今日はゲロ吐かないね」
「昨日程、飲んでないからね。記憶にきちんと残しておきたいから」
「私の酔い姿をかっ、そうなのかっ」
「違うよ」
アハハと笑いながらも視線を外さない。私の手を握ると、私の方へ寄ってきた。顔が、すぐそこにある。
「俺は、ミキちゃんに電話を借りたあの日から、ミキちゃん、いいなぁって思ってたんだよ」
急にまじめな話になり、頭の回転がついて行かない。「うん」としか答えられない。
「でも、彼氏いるっぽかったし。でもずっと気になってて、俺も彼女いるけど、ミキちゃんが彼女だったらってずっと思ってて――」
あらら、この人何を言ってるんだ。糖分の取り過ぎですか?
「こらこら、彼女がいるならそれで――」
「ミキちゃんがいいんだ。昨日と今日一緒にいて、そう思ったの。ミキちゃんが俺の彼女だったら嬉しいんだ」
握りしめる手を強くする。いつもの笑顔は消えていた。私はゆっくりと口を開いた。
「私はね、太一君がひまわりみたいにキラキラ笑う顔が大好きで、それに色んな趣味も合うしね。太一君が彼氏だったらそりゃぁ、嬉しいと思うよ」
今日だって、こんなに優しい彼氏がいたら、。そう思った。「だけどね」と続ける。
「私は何でも拾いたがりで捨てられないんだ」
「どういう事?」
酔っている頭をフル回転させてもなかなか言葉が出てこない。
「んーと、好きって言われたら好きになっちゃうの。そして離れるのが怖くなるの。そうすると周りに沢山の人が集まっちゃって、収拾つかなくなる。だから、決めたの。清算するって。まずは旦那を捨てたの」
「俺も、捨てられる運命?」
「ううん、そうじゃない。友達として付き合っていきたい。
私、遠距離恋愛出来る程、器用じゃない。逢えない時間が愛を育てるなんてのは、私の中ではありえない。
そこにいて欲しいんだ。好きな人には。そんで、これから多分一緒にいてくれるであろう人が、横浜で待ってるの」
太一君を拒絶したい訳ではないのに、良い言葉が見つからなくて、もどかしくて、涙が溢れてきた。あぁ、何でこういう時に泣いちゃうんだろう。涙が女の武器だなんて思われたら困る。
太一君は私の頭の後ろに手を回し、抱き寄せた。太一君の首筋からは、シャンプーの匂いがした。
「言いたい事は良く分かった。ミキちゃんの優しさも分かった。
俺だって北海道に彼女がいるのに、ミキちゃんに惚れてる。うまく行かないなぁって思ってるよ。皆そんなに器用じゃないんだよ」
「うん」
太一君の肩に埋もれている私の声は、くぐもっていた。
「じゃぁさ、今日、今夜だけ、俺の彼女でいてくれない?ミキちゃんとの事を、きちんと記憶に残したい」
何という破壊力のある言葉だ。今夜だけ彼女で。言葉なんて曖昧な物だけど、彼から発せられたこの言葉は、私の臓腑の奥底にズンと響いた。
「私で良かったら」
恐る恐る太一君の顔を見上げると、そこにはひまわりの様な笑顔が咲いていた。
「その顔が好きなん――」
言い終わる前に、唇で唇を塞がれた。舌を絡ませあい。唇の角度を変えてはまた吸い付き合う。そのまま太一君を私の上に跨り、甘い甘いセックスをした。