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『映』
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『映』-1

棘状の凶器が欲しくて、部屋を眺める。貫く勇気を持てぬまま。だけど自分自身に何かを残したくて探し続ける。
こんな気持ちになるのは、生まれて初めてである。どうしようもなく、跡を残しておきたい。文章では駄目。絵でも足りない。
指は空を切るだけで、お目当ての探し物に触れる事は無い。
貫く場所は、耳。耳なら、跡が残ったとしても異端ではない。お洒落なピアスを買って付けたなら、良い事だって寄ってきそうだ。
苦しさの跡だなんて、誰も気付かない。それが望ましい。見せ付ける為では、けして無い。
壁のポスターの四隅に、画鋲を見つけた。少し前に公開された、ヨーロッパ映画のポスター。針で壁に貼り付けにされた、幼い女の子。可哀想だ。助けてあげなくては。
理由を自分で無理矢理作り、右上の画鋲を引き抜いた。自分のこの細い指が、貼り付けの女の子を救ったのだと思うと馬鹿馬鹿しくなった。
ガーベラを持つ少女は、相変わらず悲しい顔でいた。この映画を見た事は無かった。でも、エンディングはハッピーじゃないと良いなと思う。この女の子に笑顔は似合わない。
夜明けの色。昼の日差しより、夜の闇より、部屋への影響力があるように思える。夜明けの兆し。
狂気の思いと画鋲を、テーブルに一時置いて、夜明けの映る窓を見つめた。もう、起き出す人も居るのだろう。実際に物音が聞こえる訳ではないけれど。孤独と、苦痛に満ちた空気が、生活感漂う空気に変わってゆくような気がした。
もがいているのは、もはや自分だけではない。
本当は、夜の間だって独りきりではなかった。でも凶器への狂気は、夜を餌にして成長した。闇の居心地が良い為に、独りの優越が美味しい為に、むくむくと育った。
朝になる今、そんな存在の希少価値は一気に下がる。
鏡に映る、夜明けに浄化されそうな自分の顔。傷一つない綺麗な耳を、愛しく思えた。
ポスターの右上が、ベロリと壁から矧がれた。重力に負けた、その右上の角を押さえて思う。
エンディングは、やっぱりハッピーじゃないと良いな、と。
だけどきっと、この女の子は笑顔が似合う。



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