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キャッチ・アンド・リリース
【大人 恋愛小説】

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38 顧(かえり)みる -2

 それから3日と空けずにハルさんと映画を観に行った。
 「ミキちゃんはトイレに入ってから出てくるのが異常に早い。どんだけの勢いで尿を出してるんだ」
 と言われた。

 そして3日と空けずにもう1本、映画を観に行った。
 ハルさんはヒマだった。家業を手伝っていたがそれを辞め、新たに就職先を探している最中だったのだ。16時には退社する私と、渋谷や新宿で待ち合わせて映画を観た。
 その日観たのは邦画で、芸人がメガホンを取ったB級映画だったが、なかなかの物だった。映画を観た後、何となく看板が目に入った焼き鳥のお店に入った。

 ビールと枝豆と焼き鳥を前にして、ハルさんは言った。
 「焼き鳥は、串から外して皿に乗せておかないと、喧嘩になる」
 葱間を1本お皿からとると、お箸で器用に鶏肉をお皿にコロンと落としていく。
 「それじゃ葱間にならないじゃん。鶏と葱じゃん」
 「だが、それがいい」
 そして次々に串からお肉を外していくのを見て、私も同じように串からお肉をコロンと落としていった。

 「もう大人だから喧嘩しないけどね。でも、串に刺さった焼き鳥の最後の1個を食べる時に、どうやったら上品に食べられるのか、って考えなくていいから、この方法はいいね」
 鶏肉が抜けた串を1ヶ所に纏めながらそう言うと、ハルさんは私の顔を覗き込みながら言った。
 「上品に?上品に食べる方法なんて考えてんの?ミキちゃんが?寝言は寝て言ってくれ」
 纏めた串を、ビールを持つハルさんの手の甲に付き立てた。イテッ、と言って、ビールが跳ねた。

 「ところで、旦那さんとは映画に行ったりしないの?」
 誰もが思う疑問なんだろう。「映画」じゃなくても、「買い物」でも「ライブ」でも、「旦那さんと行かないの?」と。何度、何人に訊かれた事か。
 「うん、趣味合わないし。彼は彼のやりたい事やってるみたいだし。私は私でやりたいようにやってるのが性に合ってるというか」
 「へぇ、うちの父ちゃんと母ちゃんなんて、未だにどこに行くにも一緒だし、風呂も一緒だし、物心ついた時にセックスしてるのも見掛けちゃったし、夫婦ってそんなもんだと思ってた。いつまでも初心忘れるべからず的な」
 ハルさんのご両親はそうであっても、私の両親はそうではない。そして私と将太も。鶏肉とセットになっていた筈の葱を箸で挟みあげ、口に運んだ。鶏の旨みを吸った葱がとろけて口の中に拡散する。

 「私はこうやって、旦那の知らない男の人と一緒に映画を観に行ったり、会ってお茶したり、呑みに行ったりしても、文句は言われない。それに、結婚1年にして既にセックスレス。」
 「え、マジで?」
 「マジで」
 暫く私の顔を、口をあんぐり開けて見ていたハルさんだったが、急に下を向いて、それまでと少し違う、口籠る様な喋り方で言った。
 「じゃぁ、旦那の知らない男の人達と会って、性欲を満たしてるって事か」
 仲良しこよしのご両親の下で育ったハルさんにとっては、あってはならない事態なのだろう。

 「男の人『達』ではないよ。1人しかいない。そういう関係は」
 顔を上げて、またしても口をあんぐりと開けて暫く私見て、ぽつりと言った。
 「そういう事、言っちゃうんだ」
 「言っちゃったね」
 「不倫だよね?」
 「そうだね。もう色んな人に言われてるよ、その言葉」

 私に対する印象ががらりと変わってしまったかも知れない、とは思ったが、嘘を言うのもおかしな話だと思ったから正直に話した。ハルさんは、その先を促すような視線をこちらへ向けたので、幸か不幸か、話しやすい雰囲気だった。
 「その人とは、旦那と知り合う前からそういう関係で、その時は何というか、愛してくれてる気がしてたんだ。だけど、ここに来て、あれ?何か身体目当て?みたいに思えてきて。私も、情けないし、悲しいし、自分の気持ちのやり場に困ってしまってさ」
 少し沈黙があった。私はコースターの上に乗った酎ハイをひと口呑み、ハルさんは「すみません」と店員に声を掛けてビールを頼んだ。そして言った。

 「ミキちゃんと話してて思ったんだ。ふとした瞬間に、悲しそうな顔をする人だなって。心から笑えてるのかなって」
 「え?」
 「自分では分からないかも知れないけど、ゲラゲラ笑ってても、次の瞬間に冷たい空気が流れ込んでくるんだよ。だから今聞いた話で、その顔にも納得がいった」

 自分では意識したことが無かった。誰にも指摘された事がなかった。もともと温度の低い人間だとは自覚していたが、今、根底にある将太に対するやり場のない気持ちや、サトルさんに対する侘しい気持ち、そんなものが滲み出ているんだろうか。
 ハルさんはそれを感じ取ってくれている。

 「俺なら自分の嫁さん、雁字搦めにして手元に置いておくけどね。ずっと笑わせておくけどね」
 ハルさんなら可能ろう。そう思った。ハルさんのような人の嫁になれば、毎日幸福を感じる事が出来るかもしれない。
 太一君の笑顔、ハルさんの優しさ、どうしてこうも、旦那以外にいい男が沢山いるんだろうか。私は何を間違えたのだろうか。


 たった4回。ハルさんとはそれしか会っていないのに、何だか急速に惹かれて行くのが分かった。
 見た目がおしゃれな訳ではない。顔だって中の中だ。性格も刺々しい所がある。でもそれらが新鮮で、話せば話すほど、惹かれた。


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