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キャッチ・アンド・リリース
【大人 恋愛小説】

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32 信仰-1

 元旦の朝早く、荷物を詰め込んだ旅行鞄とパスポートを持った事を確認し、成田空港へ向かった。遅刻常習者のタキは珍しく時間通りに到着し、スムーズにチェックイン。ロンドン、ヒースロー空港へ発った。
 フライト時間12時間。時には雑談、時には睡眠、映画、食事。機内で退屈する暇はあまりなかった。そしてタキはトイレがやたら近かった。

 到着したヒースロー空港は、確かに絨毯の匂い。古い絨毯の匂いがした。空港からはバスでホテルへ向かい、そこからは自由行動となったが、もう現地時間では夕刻だったため、そのままホテルで休んだ。ホテルでは「土足にするか、裸足にするか」で迷った。

 翌日、午前はツアーに参加し、午後は憧れのアフタヌーンティをしに行った。気ばっかり遣って、何だか居心地が悪かった。英語が堪能でないと、海外旅行は満喫できないものだ。
 その翌日は2人とも単独行動をとった。私はロンドンの中心街をぶらつき、日本では買えない丈の長いパンツを買ったり、将太へのお土産にスニーカーを買ったりと、殆どショッピングに費やした。
 最終日はタキと2人で大英博物館へ行ったが、何が凄いのか分からないまま「へぇー」「ふーん」を連呼し、そこを後にした。

 ただただ憧れだったロンドンに行けた事が楽しくて、嬉しくて、帰国した後に年賀状の山と格闘しなければならない事なんて考えていなかった。

 将太にお土産のスニーカーを渡すと、嬉しそうに履いて見せてくれた。「日本に売ってない色なんだよこれ」と、プレミア物が好きな将太らしい喜び方だった。
 私はその喜んだ顔を見届け、年賀状の山をグルーピングする作業に移った。明日から仕事だというのに、今から職場の人に年賀状を返すなんて、妙な話だ。
 
 
 仕事始めの日、恒例行事として職場全員で近くの神社に達磨を納めに行く。そしてお御籤をひく。大吉が出ない事で有名な神社だ。
 「吉」だった。何ともコメントがし難い。さいちゃんは「大吉」だった。逆に怖いな、と周囲から笑われていた。それから新年会に突入し、家に着いたのは23時過ぎだった。
 
 
 家の電話の留守電ランプが点滅していた。

 『大家の竹下です。明けましておめでとうございます。先月、先々月と家賃が振り込まれていません。至急振り込みをお願いします。』

 家賃が振り込まれていない?
 家賃の振り込みは将太にお願いしている。私が半額を将太に渡し、将太が全額を大家さんの指定口座に振り込むという形をとっている。
 それなのに2ヶ月も振り込まれていない?私は確実に、給料が支給されたその日に家賃の半額をATMで引き落とし、将太に手渡している。将太に確認しなきゃ。

 シャワーを浴び終えて雑誌をぱらぱら捲っていると、日付が変わった頃に将太が帰宅した。

 「ねぇ、大家さんから留守電入ってたんだけど、家賃が振り込まれてないって。どういう事?」
 責める訳ではなく、単純な疑問として問い掛けた。口座を間違えているとか、何かの手違いで入金されていないのではないかと思っていたからだ。

 しかし返ってきた答えは、私を酷く落胆させる物だった。
 「あぁ、色々と欲しいものをオクで買ってたら、お金が足りなくなっちゃってさぁ。パチンコで取り戻そうとしたら逆にスっちゃって。今月の給料が入ったら3か月分、きちんと振り込むから。大家さんにそう電話しといてよ」

 カチンと来た。ふざけんな、私はお前のかーちゃんか。
 「ちょっと待ってよ、私はきちんと払う物払ってるでしょ。落ち度は将太にあるんだから、将太が電話して、きちんと謝るべきでしょ。それに、まとめて3か月分なんて、今の状態で無理なんでしょ。口座すっからかんでしょ。竹下さんは、『至急2か月分』って言ってたけど、その様子じゃ2か月だって怪しい。どーすんの」
 将太はまいったなぁとばかりに頭をかきむしりながらその場をぐるぐる行き来して、何か観念したように言った。
 「分かった。何とかする。竹下さんには俺が電話しておくから」

 当たり前だ。プレミア付のフィギュアだかおもちゃだか知ったこっちゃない。買うのは自由だ。パチンコだって趣味の範囲で、持っているお金でやる分には構わない。
 が、1人の社会人として家賃の滞納なんて恥ずかしい事だ。私が渡したお金は、彼の趣味に消えたわけだ。どうにかしてお金を工面させなければ。私の貯金から出すか――。
 
 今年はスタートからして「吉」だ。


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