31 黒い星-2
何かを思いついたように、太一君が「そうだ」と言った。
「花火、やろうよっ。海岸で花火やろう」
「え、だって冬だよ?12月だよ?」
「いいじゃん、きっと海の近くだからその辺のコンビニには花火が売ってるよ」
いや、さすがに12月に花火は売ってないだろう。どんだけ売れ残ったんだよ。きっと湿気ちゃって火がつかないよ。
それでも何だか目を煌めかせている夜のひまわりは、やる気満々なので、とりあえず近くのコンビニに行ってみる事にした。
――あった。種類は限られるけど、花火が売ってる。
「ほらね、売ってるでしょ」
ちょっと得意げに言って、ロケット花火と線香花火を何本か買って、お店を出た。
「本当に売ってたねぇ。凄いねぇ」
「実は凄く自信なかったんだけどね、アハハ」
カラリと笑うひまわり君。そのまま歩いて海岸へ出て、まずはロケット花火をぶっ放した。
「うわ、こっち向けんなっ」
「ミキちゃん、どけーっ」
「マジで狙わないで、頼むから、300円あげるからーっ」
足場の悪い砂浜を駆けずり回った。私も負けじとロケット花火に火をつけ、太一君を狙う振りをして海に向かって花火を飛ばす。
腹を抱えて笑い、笑いすぎて苦しくなって、あぁこんなに笑ったのっていつ振りだろう、なんて思った。こんな風に笑うのって、幸せだなと思った。そんな不意を突かれてロケット花火が飛んでくる。
ロケット花火が終わると、石段に座って線香花火をした。人が殆どいない海岸で、静かな波の消えて行く音と、まるで炭酸がはじけるような線香花火の儚い音を聞いていた。2人無言だった。最後の線香花火は太一君が火をつけた。
「絶対にフゥーとか、息で消そうとするのやめろよ」
「やんないよ、子供じゃあるまいし」
そう私は言って、火が付いたとたんにフーっと息を飛ばし、「だからっ」と太一君に肩を押され、またケタケタ笑った。そして打ち上げ花火をそのまま小さくしたような、可憐な火の粉を飛ばし、最後の赤い光がぽとっと石段に落ち、すぐに消えた。
「冬に花火した事なんて初めて」
「俺も初めて。夏は皆が花火やってるから、ロケット花火も自由に打てないよね」
その命を終えた線香花火をひとつに束ねながら言った。
「私は旦那がいるけど、こうやって他の男の人とゲラゲラ笑って遊ぶのはアリだと思ってるんだ。旦那とはこんな楽しい事、しないし」
「ミキちゃんは普通の結婚生活をしてないんだね。普通なら、旦那さんは嫉妬に燃えて、俺は殺されていると思うよ」
普通ならねぇ、と俯く。
「でもさ、俺はこういうの楽しいし、旦那さんも了解してくれてるんだったら、これからも誘ってもいい?」
珍しく顔を固くして、目もあわさずに訊いた。
「勿論。でも彼女がいる北海道にも時々足を運ぶんだよ。そしてこんな変な女と遊んでる事は秘密にするんだよ」
ふ、と空気が緩んだ。
「良かったぁ。急に真面目な話になったから、もうこういうのやめようって言われるかと思ったよ」
海を見ながらそのひまわりは、冬の海で大きく花びらを開き、冷たい潮風を受けていた。