「箱」-1
僕たちの間には、箱があった。
何が入っているのか解らない箱だけど、僕は気にしなかった。
僕がここにいて、君がそこにいれば十分だったから。
僕たちの間には箱があったけど、僕は君のことが好きだったからそれで十分だった。
だけど君は、その箱が気になって仕方がなかった。
何度も何度も君はためらって、でもある日とうとう箱を開けてしまった。
茶色の古ぼけた、でも頑丈な箱。
決して、開けてはいけないと、禁じられた箱。
君は開けてしまった。
中をのぞいた君は、その日から消えてしまった。
もう二度と、君には会えないだろう。君は箱を開けてしまった。
決して、開けてはいけないと、禁じられた箱を。
中に何が入っているのかが、気になって。
でも、君に「箱を開けよう」と誘いをかけたのは、僕。
だって僕は、箱の中に何が入っているのかなんてことよりも、箱を開けたらどうなるのかが気になっていたんだ。
君はずっと箱を開けたがっていたし、僕は箱を開けたらどうなるのかが知りたかった。
君が箱を開けてしまえば、すべて解決したんだ。
だって、しょうがないだろう。
僕は君のことを愛していたけど、君は違ったんだもの。
僕を愛していない君なんて、いらない。
もう会えない君。
君は、箱を開けてしまった。
決して、開けてはいけないと、禁じられた箱を。
君は中をのぞけただろうか。
茶色の古ぼけた、でも頑丈な箱。
今は、綺麗な赤色をしているけれど、時間がたてば、また茶色に戻るさ。
ああ、君は中をのぞけただろうか。
ふたを上げたら、すぐにアレが来るようになっていたから、少し難しかったかな。
でも、君は大きく瞳を見開いていたから、大丈夫だよね。
馬鹿な君。
箱の中には、何も入っていないのに。箱の中身を知りたがった。
僕よりも、何が入っているか解らない、得体の知れない箱を愛した。
僕は、こんなにも君を愛しているのに。
だから、これは当然の報いなんだ。
本当に馬鹿な君。
僕の口車に乗せられて、箱を開けてしまった。
ふたを上げたら、四方八方からアレが飛んでくるとも知らないで。
僕は、すべて知っていたよ。
箱の中身が何なのかも、箱を開けたらどうなるのかも。
だって、これは僕の箱なんだもの。
ただ、成功するか、失敗するか、それが心配だっただけさ。
どうやら、成功のようだけど。
失敗の方が、君にはよかったみたいだね。
まさかこんなことになるとは、夢にも思わなかっただろう?
中には、さぞかし素晴らしいものが入っているに違いないと、信じていた君。
僕がそうやって、君に吹き込んだんだ。
好奇心に負けた、馬鹿な君。
僕の罠にまんまと引っかかって、禁じられた箱を開けてしまった。
こんなことになるとは知らずに。
僕の、茶色の古ぼけた、でも頑丈な箱。
今は、君の血で綺麗な赤色をしているけれど、時間がたてば、また茶色に戻るさ。
決して、開けてはいけないと、禁じられた箱。
実験は成功だった。
君は箱を開けて、そして、ナイフは飛んできた。
四方八方から、君を目掛けて。
ふたを上げると、すぐに飛んでくるように僕が作ったから。
僕が作って、君が開けた。
禁じられた、茶色の頑丈な箱。
今は赤色の、僕の箱。
僕が愛した君が開けた、君の愛した僕の箱。
僕の箱は、君を殺した。
君を殺した、僕の箱。
だけどそれは、君を殺した僕、の箱。
僕、の箱。
君を殺した僕の。
赤い、箱。