26 ギブス-3
吸っていた煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、私の座る隣へ来て、腰を下ろした。
「それで、新婚生活は順調なの?」
殆ど尋問口調だ。私はサトルさんと目を合わす事が出来ず、下を向いたままで答えた。
「結婚って、こんなに味気ないものなのかって思ってる。思っていた以上に、退屈」
「退屈?」
「うん、退屈。結婚する前と変わった事なんて、住居と苗字だけ。あとは会話は減ったしセックスも減った。結婚してもしなくても、あんまり変わらないかな。逆に――」
「ミキ嬢?」
サトルさんが私の顔を覗き込んだ。そして華奢な掌で私の頬を優しく包み込んだ。目をじっと見て言った。
「ミキ嬢が結婚して、俺はショックだよ。だけど、結婚して幸せになってくれるなら俺は諦めがつく。今のミキ嬢は、幸せな顔をしてないし、笑顔が笑ってない。そんな顔を見るのは御免だよ」
そしてその手を離し、私をぎゅっと抱きしめた。
「サトルさん、私、どうしたらいいんだろう」
サトルさんの肩に頭を乗せて、抑揚無く呟く。
「幸せになりなよ。毎日旦那の顔を見るのが楽しみだって気分にならないと結婚じゃないよ。二人で笑いあえない結婚なんて、おかしいよ」
そういってさらに抱きしめる腕が強くなる。
「――うん」
目の前が霞んで見える。下まぶたに何かが溜まる。
「ミキ嬢、泣いてる?」
「泣いて――ない――」
しゃくり上げながら答えた。好きな人に「幸せになりなよ」なんて言われたら、嬉しくて悲しい。本当は、あなたと幸せになりたいのに。あなたとなら、私は幸せになれるのに。私は。少なくとも私は。諦めがつく?何なのそれ、ふわふわ過ぎて分からない。
頭を撫でられ、暫く強く抱かれたままだったが、その力が弱まったと思うとそのまま床に背中を預け、サトルさんとセックスをした。1年のブランクなんて感じない、あの時の匂い、あの時の声、あの時の温もり。
今この瞬間が最高に幸せなのに、それを持続的に与えてくれようとしないのは、あなたではないですか。この幸せが永久に続くなら、私は毎日心から笑って過ごせるのに。
煙草に火をつけたサトルさんは、窓枠に片膝を立てて座った。煙草の煙はゆっくり、ゆっくりと私のいる所へと届くと思いきや、手前で散り散りになって消えていく。
「しちゃって、良かったのかなぁ」
サトルさんがぽつりと呟いた。
「私が『幸せだ』って言ったら、どうします?」
「また明日も来て、って言う」
煙草の煙を吐きながら、サトルさんは照れたように笑って言った。
小野さん、浅田さん、あなた達の負けです