『触』-1
『†貴方ノ唄ヲ残シテ下サイ†』
メンタルhpの、独特の雰囲気に呑まれそうになりながらの回覧。病んだ心を、これでもかというくらいに見せられる。不安定な日常。今を見つめる鋭い瞳。全てが抜け出そうと、這上がろうと為ている。
観覧席から紙一重の、その世界を思う。
違いなんて、そんなに無い。こういう思いを、少なからず持っているのは明らかなのだし、この人たちよりも、ずっと軽いだけだと心から思う。
独りの寒い部屋で、ネットサーフをしている自分を客観視する。
特別なんかぢゃない。ネガティブになる事は沢山ある。今だってそう。頬は既に乾いているけれど、濡れた記憶はまだ残っている。直ぐに消えてしまう、ネガティブの固形物が有難い。
黒を基調としたサイトに踊る主張は、何一つ間違いなど無いように思える。一歩間違えれば、全てが間違いであるようにも思える。
その辺りの危うさは、全てにおいて言える事なのかもしれない。
その中で見付ける、観覧者が参加可能なコンテンツ。少なくて普段はひた隠すネガティブな思いを、此処へ残したいと思った。此処に残さない限り、この思いを表現できる場所は無いような気がした。独りきりの夜が尽きるのには、まだまだ時間がある。ゆっくりと、ハンドルネームを打ち込むのは容易い。
―ジャ、ニ、ス。
意味なんて無かった。さっきまで、見ていた映画の、登場人物の名前である。登場人物とはいっても、登場して40秒かそこらで撃たれて死んでしまった。台詞は一言だった。
『マイネームイズジャニス。』
40秒の割には、充分な自己表現だと思う。その証拠に、一人の観覧者の記憶にしっかりと刻み付けられている。上出来だ。
さて、唄とはいっても、何を書いたらよいものだろうか?
このサイトの感想?いやいや、そんな事を書く場所でない事は承知だ。
ネガティブな唄?文字の色も既に決められている掲示板で、複雑な胸の内を表す事は難しい。そもそも、唄なんて書ける物だろうか?長ったらしい唄になりそうである。筆跡という物もない、活字の世界で、独りの孤独を残せるだろうか?
独り、そう独りなのである。
寒い、暗い、広すぎる部屋で独りで居る。きっとこの思いは、幸せな時、楽しい時に忘れてしまう事だろう。なんて勝手な生き物。
この矛盾を残したい。その思いは強く有るのだけれど、唄という無理難題を前に、指は依然止まったままである。
何故、寂しさは有るのだろう。何故温もりが欲しいのだろう。疑問ばかりが浮かんでは消える。
部屋には温もりの足跡ばかりが見えて、そのダミーは更なる寂しさだけを与える。
自分すら、何処に居るのか分からなくなるくらい寂しさに責めたてられる。追い込まれたベッドの縁で頭を抱える。
毎日、毎日、夜をそうやって過ごす。
パソコンの前に居る今も、じりじりとにじり寄られる感覚がまとわりつく。
窓はきっちりしめられている。だけれど、風が微かに肩をかすめるような気がしてならない。風さえ、部屋の隅へと自分を押してゆくようだ。
暫く唄についてだけ考えていようと、目を閉じる。チリチリというノイズが欲しくなったので、ラジオをつけた。局には合わせずに、グレーのイメージのノイズに身を委ねる。
こうしていると、自分が此処にいるのだと強く感じられる。
此処にいる。それだけを伝えたい、残したいのだと気づく。
ジャニスの唄はノイズの中で完成した。
『マイネームイズジャニス』
ただ、その一言。
満足しきったワタシには、この部屋は広くなんかない。暗いとも思わない。独りである事は変わらない。だけど自分が、此処に、この部屋に居ることが明確に分かる。
パソコンの電源を切る。そして現実へのスイッチが、同時に入れられる。此処に、ワタシは居た。
ベッドの縁にも、パソコンの前にも、部屋の隅にも。