16 メロウ-1
あっという間に2月に入った。特別論文の発表会は無事終わり、あとは国家試験に向けた勉強のラストスパートという所だ。
特論が終了した事で、放課後の教室は静けさを取り戻した。私は教室での勉強再開した。大概レイちゃんと一緒に、時々レイちゃんが仲良くしているグループの子も混じった。勿論レイちゃんの机にはコーラの缶、だ。土日は市立図書館で勉強した。これも大抵レイちゃんと一緒。図書館で勉強後、ファストフード店でお茶をした。
「彼とは会わないようにしてるんだっけ?」
電話の一件以来、ユウからメールが来なくなった。私からも敢えて連絡を取ろうとはしなかった。言い訳も思いつかないし、言い訳して済む話でもない。この処理は、試験が終わってからにしよう。
「うん、国家試験終わるまではね。気を遣わせたくないし、何しろ勉強不足だし」
それこそレイちゃんに気を遣わせないように、ユウの話は黙っていた。
珍しくコーラではなくホットコーヒーを飲んでいるレイちゃんは、深夜まで勉強をしているので眠くて仕方がないという。
過去問を解いたところで私の正答率は5割強。このままでは不合格となってしまう。県立だから安いとは言え、3年間学費を払ってくれた親の為にも、国家試験はパスしたいところなのだ。
「うちらなんて、国家試験に受かろうが落ちようが、就職には関係ないのにね。落ちるのは癪に障るよね」
「確かに。是が非でも受かってやろうぜ、レイちゃんよぅ」
互いのホットコーヒーで乾杯をした。琥珀色の液体がちゃぽんと跳ねる。
「合格発表は4月に入ってからって言ってたよね。わっけわかんないよね、この試験制度」
レイちゃんが言う。2月に受けた試験の結果は、4月に分かる。それまでは学校で仮採点を行い、6割を完全に超えていれば安心、完全に下回っていれば覚悟を、6割前後の人間は4月までドキドキ、という事だ。
「国家試験が終わって、仮採点までやったら、1人暮らしの話、親に話してみるんだ」
「そっか。そしたらミキちゃんの新居に遊びに行くのは、就職してからになりそうだね」
レイちゃんは3月の卒業式を終えたら、静岡へと引っ越すのだ。
「そうだね、ユウやらサトルさんの方が来るの先かも」
「ミキちゃんさ――国家試験の事彼らの事、同じぐらい頭の中にあるでしょう?」
片側の眉だけをあげて「どうでしょ」と曖昧に答えた。
図星だった。もうすぐバレンタインデーだ。国家試験のドサクサでクラスの誰も話題にしようとしないが、私はサトルさんにプレゼントを渡したいと思っている。まるで頭の中は中学生、青春真っ只中と言ったところか。
しかし、国家試験の直前だ。たった1日だけど、もし不合格だった時に「あの一日を勉強に充てていれば――」なんて後悔をしかねない。
がらんとした教室は冷える。一応暖房は入っているが、窓際にあり、しかし窓際に座ると隙間風に攻撃される。これだから古い学校は――。
それでも自宅にいるよりは捗るので、寒さに耐えながら過去問題集を貪るように解いていた。やっと正答率が6割に届くようになってきた。もう少し頑張れば、安全ラインに乗れる。
週末を挟んで、国家試験当日を迎える。自由登校となった学校に登校してくる級友は殆どおらず、教室にはレイちゃんと私と、離れた所に座るタキのグループを含め6人が座っていた。
過去問を解きながら、もし不合格だったらどうしようかなぁなどと、不吉な事を考えていた。次年度に再受験できるらしい。しかし、就職して本格的に仕事をしながら、試験勉強なんて絶対に出来ない。もし今年合格出来なかったら、親に土下座だな。
そんな事を考えている今この瞬間にも、まじめに問題を解けばいいものを、次はユウの事を考える。家庭教師だなんて、まず信用してないだろう。それを証拠に、連絡をしてこなくなったではないか。試験が終わったら何て詫びよう。いや、詫びて許してくれるんだろうか。何事もなかったように「試験終わったよー」ってメールしたら、返信は来るんだろうか。
そしてサトルさんの事を考える。ユウからの電話を切った後、「彼から電話?」と訊かれた。会わないと約束していたと話すと、サトルさんは難しい顔をしていた。「何か悪い事をしたなぁ」と。いや、悪い事してるの、私だから。サトルさんを振り向かせるのに必死で、少しでも脈が無いか探って、ユウをおざなりにしてるの、私だから。