16 メロウ-3
「それで今日は?どうしたの?」
頭を撫でられたまま項垂れていた私の顔を覗き込むように、サトルさんが訊いた。今日は、サトルさんからのメールを読んで、そして――
「実家に、仕事辞めて実家に戻るって書いてあったから。会わなきゃって思ったんだ」
「別に今日の明日引っ越すわけじゃないよ」
ハハッと笑って言った。それはそうなんだけど。
「会えない距離じゃないし、別に外国に行くわけじゃないしさ」
そうだよ。時間はかかるけど電車で会いに行く事は出来る。サトルさんにその気があれば、横浜に来て貰う事だってできるかも知れない。だけど今までだって、そう近い距離ではなかったのに、さらに遠くなるなんて、私にとっては外国に行ってしまうぐらいの気持ちなんだ。
「何か、もう会えなくなるような気がしちゃったから。こうやって、急に会いたいと思っても、そう簡単に会える距離じゃないじゃん。そう考えたら何か身体が勝手にうごっ――」
鼻の奥がツンとして、視界が揺れて、涙が落ちた。あれ、泣いてる。デニムが深い群青色の水玉を作っていく。
サトルさんは私の頭をそっと自分の胸へと抱き寄せ、私の背中をさすった。
「大丈夫だって。横浜と長野だよ。それに、一度は実家に戻るけど、仕事の都合で東京に戻るかもしれないし、まだ分からないよ。だから俺の事で泣かないで。その涙は試験に受かった時の嬉し泣きにとっておきなよ」
背中に触れるサトルさんの手が温かく、大きく、優しい。抱きしめる腕が、暖かく、大きく、優しい。煙草の匂い。ずっと感じていたい。
「私、サトルさんの事ずっと――」
好きだった。言いかけて止めた。拒否されたらこの温もりから離れなければならない。それこそもう二度と、会えなくなるかもしれない。またあの「喪失感」を味わわなければならない。あんなのはもう、後免だ。
「――ずっと、大切な人だと思ってるから」
私を抱く腕に少し力が入る。
「嬉しいよ。そう言ってくれて。俺も例の『男友達』と並ぶ事が出来たんだね」
そう言うと、私の顎を長い指で引き寄せてキスをした。
『男友達』と言った後でこれかい――と思ったけど、嬉しい。
もう一度抱き寄せられ、耳元で「つながりたいな。いい?」と言われた。
私はキスで返事をした。
今日は前よりずっとずっと長く、優しいセックスをした。このまま時が止まればいいと思った。