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キャッチ・アンド・リリース
【大人 恋愛小説】

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16 メロウ-2

 あぁぁぁぁぁぁっ、もう、集中できない。
 マナーモードにしてある携帯のLEDが2回点滅した。メールだ。

 『どうも、家庭教師のお兄さんです。
勉強頑張ってる所かな。邪魔になったらごめんよ。その後、彼とどうしたかと心配しています。仲直りしたかな。
 俺は、3月で仕事を辞めて、実家の長野に一旦戻るつもりでいます。それまでに逢えたらと思っています。では』

 会いたいな、と思った。逢いたいな、と思った。メールをくれる時は大抵、仕事が休みの日だ。次の瞬間には返信をしていた。

 『今から行ってもいいですか?』

 「レイちゃんごめん、私、ちょっと行くわ」
 シャーペンを走らせる手を止めて、ばたばたと資料をしまう私を見ながら言った。
 「え、どこに?」
 「ん、ちょっと。友達のとこ」
 ばつが悪そうに答える。
 「顔に出てるよ、ミキちゃん」
 苦笑いしながらひらりと手を振って教室を後にした。「帰るの?」とタキの声も聞こえたが、きっとレイちゃんが説明してくれるだろう。次に会うのは試験会場だ。


 電車が各駅に停車する時間が、とても長く感じる。早く発車しろ。1分1秒でも早く、サトルさんに逢いたいんだから。ヘッドフォンから流れるパンクミュージックがかき消されるぐらい、心臓の鼓動が大きい。どうしたんだろう、何を焦ってるんだろう。
 乗換駅にある小さな雑貨屋さんで、ブリキで出来たロボットの置物を買った。勿論、プレゼント用に包装も忘れずに。丁寧に包装を施す店員さんの手元をじれったく見ていた。

 最寄駅からは殆ど走っていた。2月だというのに汗ばんでしまい、途中でマフラーを外す。ヘッドフォンのコードに絡まってしまったけど、そのまま手でくしゃっと持って歩いた。長野に帰るだって?仕事を辞める?

 「突然ごめんなさいっ」
 玄関が開くなりこんな事を言ったのでサトルさんは笑って答えた。
 「いきなり謝らなくたっていいよぉ、どうぞどうぞ入って。寒かったでしょ」
 呼吸が乱れる程走って来た私は、全然寒くなかったのだけど。
 「何か――何か急に、顔が見たくなって――来てしまったよ」
 ブーツを脱ぎながら下を向いて顔を見られないように言った。ふふっと笑いながら頭を撫でられた。
 「こういう時もあんまり、女の子っぽい喋り方しないんだね」
 「うん、ボーカロイドが喋ってるよりも抑揚ないよね。ロボだと思ってよ」

 部屋に入ると、いくつか段ボールが置いてあった。
 「もう引っ越しの準備、してるの?」
 「うん、まぁ引っ越しは来月なんだけど、使わないものは先に実家に送っちゃおうと思って」
 袋に包まれたスノーボードが壁に立てかけてあった。その手前には段ボールが4箱。
 「あ、これ。バレンタインには2日ほど遅くなったけど、引っ越しの時に荷物になるほどの大きさではないと思うので良かったらどーぞ」
 バレンタインの装飾には間に合わなかった、プレゼント用の包装がなされたプレゼントを渡した。「わぁ、ありがとう」と言ってサトルさんは過剰包装を一つずつ丁寧に解いていった。
 「おお、ロボットだねぇ。タイムリーだねぇ」
 「そうだね、ロボだね。そいつは喋らないけど」
 ジャケットを脱いで、鞄と共に部屋の隅に置いた。
 「座ってよ」
 今日もまた自称「地球にやさしい男」は、エアコンから排出される暖かい空気にあたりながら、雑誌を読んでいたらしい。その場所を指さし、座るよう促された。

 一度はそこに座ったが、まだ汗が引ききらない熱のこもった身体には暑過ぎるので、エアコンの風を避けるように座りなおした。鞄から一冊ノートを取り出し、うちわ代わりにして扇ぐ。どこのオヤジだ。
 台所の換気扇の下で煙草を1本吸ったサトルさんがこちらへやってきて、私の対面に座った。
 「その後、彼から連絡は?」
 「ないよ。ぱたりとなくなった」
 汗が引いてきた。ノートを鞄にしまう。
 「そうか、何か責任を感じるなあ」
 そう言ってサトルさんは、二人の間に置いてあったサッカーの雑誌を除けて、私の膝に近づいて座りなおした。

 「仕方ないんだ。あの日は私が出しゃばって押しかけちゃったし、彼には会えないって言っておいて、サトルさんとは会ってた訳だから、そういう選択をした私が、悪い」
 サトルさんは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 「そうやって、全部自分が悪いって思わないで良いんだよ。色んなタイミングが組み合わさって、人生って進んでいくんだから。たまたま俺がいるタイミングで彼から電話が掛かってきた。タイミング悪く俺の声が聞こえてしまった。そうじゃなくても、もしかしたら今日このタイミングで彼から電話が来ていたかもしれないしね。そして同じように俺の声を聞かれていたかもしれない」
 「――そう、だね」

 それでも私は自分が悪いと思っている。当たり前だ。自分の事を想ってくれている人を放っておいて、他の人を振り向かせようと躍起になって。振り向いてくれるかどうかも分からないのに。



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