10 無宗教-1
携帯電話がメール着信を知らせたのは、ユウと逗子海岸で海を見て、帰ってきた23時頃だった。
サトルさんからだった。
あれから1ヶ月が経った。心臓がドクン、と1度大きく鳴った。メールを開くキーを押す親指が、小刻みに震えている。
『連絡が遅くなって申し訳ない。元気にしているかい?この1ヶ月で色々と思いが錯綜してメールが出せなかった。
結局あの日、ミキ嬢の事が好きだったから、あの様な行動を起こしたんだと思う。
好きなんて気持ちは、俺はなかなか持続しない。だけどあの日、ミキ嬢を愛おしいと思った事は本当の事だよ。
こんなに間が空いてしまって、俺の事なんて何とも思っていないと思うけれど、自分の気持ちを伝えておきたくて、今更ながらメールをしたんだ。良かったら、返信ください。』
どう捉えたらいいのか。ややこしいメールだった。ふわふわだ。
あの日、私を抱きしめたサトルさんは、私を愛おしと思っていた。キスした唇にも、嘘はなかった。
だけど、「好きなんて気持ちは持続しない」という一文が引っ掛かるのだ。今はどうなんだ、今は。
私はあの日から、ユウに連絡を貰う日まで、サトルさんの事を想っていた。好きで好きで、連絡を待ちわびていた。それでも連絡はなかった。私の気持ちは1週間持続し、そしてユウへと移った。
今はユウにある。愛情なのか、情なのか判別は難しいのだが。私は、欲深い人間だ。ユウと付き合っていながらも、サトルさんと恋仲になる事を望んでしまう自分に嫌悪を抱いてしまうが、受け入れるしかなかった。それが自分だ。手に入る物は多い方が良い。そんな欲張りなのだ。
自分の気持ちを正直に携帯に打ち込み、サトルさんへと送信した。
『メールありがとう。あの日から、私の「好き」は1週間持続し、サトルさんからの連絡を待っていました。
だけど、あまりにも近い所に、私を必要とする人がいて、私は流されてしまいました。元彼と、付き合っています。
私は、サトルさんの「女友達」になりたかった。だけどあの日以来、それ以上を期待していました。彼女になりたいと思っていました。今でもその気持ちはあります』
欲深い私は、ユウも、サトルさんも欲しい。だけど手の届かない存在だと思っていたサトルさんが急激に近づいた今、私は彼が欲しい。ユウには悪いが、これが正直な「私」という生き物だ。
喉を潤しにキッチンへ行った。リビングでは母がテレビを見ていた。私は水玉模様のグラスに麦茶を注ぎ、リビングのソファに腰を掛けた。
「人生ってのは、うまくいかないものだね、お母さん」
「え、何それ急に、気持ち悪い」
怪訝な顔をされた。
グラスが空になるまで、「飲んで痩せる」というゼリー飲料の通販番組を、空っぽの眼で見ていた。日付が変わった。
翌朝、目を覚ますと、サトルさんからの返信メールが来ていた。
『返信どうもありがとう。メールが来ないんじゃないかと心配していたよ。
どうやら俺たちは、タイミングの神様に見放されたらしいね。元彼君とはうまくいっているようだし、彼を、大切にして下さい。
それと、俺の女友達になるって、そんなに気負わずとも、もう俺の女友達だよ、ミキ嬢は。女友達として、また家に誘ってもいいかい?その頃にはもう少し、涼しくなっているといいね。また連絡します。』