6 本塁打-4
「眠そうだったねぇ、退屈だったかな」
映画の内容が退屈なわけではなかった。ただ、疲れていた。渋谷くんだりまで出てくる事も疲れるし、初めて会ったシノちゃんと話すのも疲れた。何よりサトルさんの家に行く、という事についてあれやこれや頭を酷使する事で、とても疲れたのだった。
「退屈じゃなかったよ。最後の方、ちょっとうとうとしてしちゃった。ごめんなさい」
「正直だねぇ。首がコクンとなって、なかなか可愛いものだったよ」
ちょっと顔が赤くなった事に自分で気づいた。咄嗟に俯いた。
「あら、それはどうも。起こしてくれたら良かったのに」
「うん、でもミキ嬢をの寝顔を見てるのもなかなか面白かったよ」
私の顔を覗き込みながら微笑む。
「そんな事してないで映画観てください」
何だか恥ずかしくなって炬燵の上に置いた携帯電話に目をやった。
「だって俺、一回観てるし。結末知ってるし」
「じゃぁ結末を是非、教えてくださいな」
恥ずかしさを紛らわすために、無い事が分かっている着信とメールを確認しながらそう言った。サトルさんは煙草に火をつけ、布団にゴロンと横になった。
「あ、寝煙草、危険」
「大丈夫、寝る前に消すから」
私はこの布団で寝ていいんだろうか。見渡す限りでは他にスペースは無い。答えが分かっているけれど、一応質問をぶつける。
「私、廊下で寝ましょうか?」
ブハっと煙を口から吐きながらサトルさんは笑った。
「いえいえ、何も手出ししないから、布団で寝てくださいよ。俺インポだから大丈夫」
「インポ?え、何それ?後で詳しく聞かせてもらおうか」
手にした携帯を炬燵の上に戻し、「では失礼」と言いながら、布団の左端に横になった。右を向くとサトルさんの顔が近いし、背を向けるのも何だか失礼かと思い、真上を向いた。
煙草を吸いながら、サトルさんは映画の結末を話してくれた。
「で、インポの話をしてよ」
上を向いたままで話を振った。我ながらストレートな話の振り方だ。煙草を吸い終わったサトルさんは、同じよううに天井を見つめながら話を始めた。
「何かこう、猥褻なビデオとか雑誌とか見ても、興奮しないんだよね。勃たないんだよね。」
「猥褻なビデオとか雑誌が、この部屋にあるという事だね」
「聞くまでもなく」
健全な男子たるもの、そんなものだろう。彼女がいないと言っていたし、発散する場と言ったら自分でするか、お金を払うか。アイドルがウンコしないと思ったら大間違いだ。
「実際の女性の身体を前にしたら、勃つんじゃないの?」
「それはどうかなぁ。ビデオにしたって雑誌にしたって、今まで勃ってたのが急に勃たなくなっちゃったんだもん。期待薄ですよ」
天井からぶら下がっている蛍光灯の紐が、わずかに揺れていた。まっすぐに、私のおへその辺りに円を描くように。
「精力増強剤飲んでみるとか?」
「それいいね、今度買ってみよう」
インポに関する話は終わった。丁度話が途切れた。
「そろそろ、寝ますか。明日はゆっくり起きましょう」
時計を見ると、既に3時を回っていた。明日、というか今日、起きる事になる。
サトルさんは立ち上がって、「最後の1本」と台所で煙草を吸い、布団に戻る時に電気を消した。タオルケットを掛けてくれた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
私はタオルケットを引っ張らないように気を付けつつ、サトルさんに背を向けた。暫く静寂が続いた後、サトルさんの規則的な寝息が聞こえてきた。
眠ったんだ。良かった。何もなかった。
良かった、のか。本当は、何かあった方が嬉しかったんじゃないか。
得たものを失った時の悲しみはもう御免だから、友達という関係を望んだんじゃないか。
私の中にたくさんの人が住んでいるように、様々な思いが錯綜し、なかなか眠りにつけなかった。