2 零へ-1
「どうしてずっと電話、出なかったの?言いたい事があるならさぁ、言ってよ」
中学の同級生だったユウと付き合いだしたのは一年前。ユウは地方の高校を卒業して地元の横浜に戻りすぐに就職した。一方私は地元の高校から短大へ進学した。
ひょんなきっかけで再会し、お互い恋人も、想い人もいなかったので、「思い出作りでもしますか」というユウの一言で恋愛関係へと発展した。
そのユウが所有する黒いワゴンの助手席に座っていた。携帯電話のストラップを指に巻きつけながら私は、溢れそうになる涙を零すまいと目をすぼめていた。
「あぁ、うん。言いたい事ね。好きな人が出来たんだよね」
ドクン、心臓が鼓動を強めた。体中を冷たいものが駆け巡る。
「ふーん。いつから?何がきっかけで?」
震える声は隠しきれないだろう。しかし、何とか平静を装い、尋ねた。
「夜中にさ、テツとかと遊んでて何となく。ほら、ミキって夜中、外出できないじゃん。俺だけツレ無しで遊ぶってのも何か、退屈でさぁ」
私が気にしていた事だった。
決して過保護な家庭で育った訳ではないのだが、とかく門限に関しては厳しい家庭なのだ。中学の頃も、これがきっかけで彼氏(と言うには幼い年齢であはるが)と別れた。
だけど――。
それだけじゃないと思う。きっと、飽きられた。私は女としての魅力が欠落しているという自覚が少なからずある。私とは比較にならない、女性らしい人に惹かれたのだろう。
私は女らしさを前面に出すことを嫌う。滅多に愛の言葉を口にしたりしない。男性と対等に渡り合おうとする。何と言うか「可愛げ」がないのだ。ユウだって、私なんかより、可愛らしい「女の子」に惹かれるのは当然の事だ。
「じゃぁ、私が毎回その場に一緒にいたら、私とは別れなかった?別の人を好きにならなかった?」
ユウの顔を横目で見た。どうにかして「まだお前の事も好きなんだ」という言葉を引き出したかった。
「いや、それでも別の人を好きになってたかもね。」
絶望的だ。全く。天を仰ぎたくなった。あぁ神様。ストラップが指に巻きつき、うっ血した紫の人差し指に、初めの一粒が零れ落ちた。それを合図に、次々にこぼれる涙を、冷静に「ビー玉みたいだ」と思った。
自分の背丈に合わせて、自分が心地よいように倒されていた筈のリクライニングシートの傾きが、少し変わっている事に、初めから気づいていた。
もう、終わりだ。
「もしもし、レイちゃん?」
「ミキちゃん?どしたの?」
いつもはメールで用件を済ませる私が、急に電話をしてきた事にレイちゃんは驚いている様子だった。それでも用件が何なのか、多分察しがついていたと思う。
数日前からユウと連絡が取れない。そんな事をレイちゃんには伝えていた。
全てを受け入れてくれるような澄み渡るレイちゃんの声を聴いて、今度はビー玉の形をとどめない程、涙が溢れてしまった。
座っていた階段のコンクリートが、部分的に色を濃くしてそれが拡がっていく。
思い出作り――。
思い出って、終わりがあって初めて「思い出」になるんだよ。永遠に続く思い出なんて、ないんだよ。