不幸せをありがとう-6
Epilogue
北見は、その少年の指示通り、思い出の場所に赴いた。
ザザァ
ザザァ
止むことのない波音は、つらい記憶を呼び覚ます。どんなに月日が流れても、色褪せることなく。
『もう一度、海が見たい。』
その願いは、ついに叶うことはなく。ひとり、波の音を聞いている。
波うち際まで歩を進め、地平線を見遣る。
その向こうに、どんな未来があるのだろうか。
たとえどんな未来が広がっていても、この思いだけは胸の奥に収まっているに違いない。
散っていった一つの命が私の心を解き放つまで、きっと何度でも、ここに来る。
そして天を仰ぐのだろう。
君のためだけに流す涙が、この果てしない海に溶けてしまわないように。
コン
――― 幸せをあげよう。
それは誰の言葉だったのか。
私の足元に、波が小さな瓶を届ける。
何ヶ月も海を漂い、私のもとに辿り着いたその奇跡。
それは、いつか彼女が誰かにあてたメッセージ。
『私はすごく幸せです。だから私自身に望むものなどありません。私に残された時間は長くありません。本当に幸せな人生でした。全部彼のおかげです。心から、ありがとう。どうか私がいなくなっても、彼が悲しみませんように。それが私の希望です。ずっと彼の微笑みがほしい。私がいなくなっても、どうか絶えない微笑みを彼に。もし出来るのなら、その微笑みを空の上から見守れることを。』
それは、死期を悟った彼女のメッセージ。
読んだ私は天を仰いだ。それでも溢れる雫は海に溶けて、溢れる嗚咽は波音を消して。
―――― 私は笑った
だって、そこから見ているんだろう?
確かに受け取ったよ、君からの最後の願い。
この笑顔が答えだ。
きっと、何度でもここに来る。
そして一緒に波音を聞こう。
君から私が見えるのならば、それでいい。
私の中に、いつでも君は生きている。
――― 幸せをありがとう
心から。
彼女と、もう一人に向けて。
「幸せをありがとう。」
完