White Chocolate TIme-4
「『18時きっかりに来い。』だってさ。」帰りの電車の中で、ケンジが自分のケータイのディスプレイを見ながら言った。
「余裕だね。帰って着替えを準備しても十分間に合いそう。」
「そうだな。」
ケネスの家はケンジの家から歩いて10分ほどの、町の商業地区の中にあった。ケネスの父親アルバート・シンプソンの店「Simpson's Chocolate House(シンプソンのチョコハウス)」は10台ほどの客用駐車場を持つ大きな店だった。常連の女子高校生の間ではこの店は「シンチョコ」と呼ばれ、親しまれていた。店の一角にはおしゃれでかわいい喫茶スペースもあり、カップルや親子連れがよく利用していた。ロッジ風の三角屋根の建物は広いガラス窓で覆われ、暗くなると店内の明るく暖かな灯りがその空間だけファンタジックな雰囲気を醸し出していた。
「いつ見ても日本離れしてるよな。この店。」
「素敵だよね。」
「あれ?」
「どうしたの?」
「雪だ。」
「ほんとだー。」
音もなく静かに降り出した雪が、二人の肩や髪に落ちてきた。ケンジとマユミは寄り添ったまましばらく空を見上げて白い息を吐きながらお互いの温もりを感じ合っていた。店の外にディスプレイされたクリスマスのイルミネーションの点滅する光が、二人の顔をちかちかと照らした。
「マーユ、ケンジ!」店のドアが開いてケネスが外に出てきた。
「ケニー。」マユミが言った。
「何そんなとこに突っ立ってんのや。しかもしっかりくっつき合って・・・。風邪ひくで。早よ中へ。」
「ありがとう。」二人は店内に案内された。
店内に一歩踏み込んだとたん、チョコレートの甘い香りが二人を包みこんだ。
「もー、最高に幸せ。」マユミがため息交じりに言った。「一生ここにいたい気分。」
店内には女子高校生や若いカップル、主婦や子ども連れの客がたくさんいた。
「流行ってるな、ここ。」
「おかげさんで。」
その時、店の奥からブロンドの髪の背の高い外国人が三人に近づいてきた。「いらしゃイ。ケンジ、マユミ。」
「あ、アルバートさん。」ケンジが恐縮して言った。「今日はどうもありがとうございます。僕たちを招待していただいて。」
「気にしないデ。もう用意はできてまース。ケニー、早く連れていってあげなさーイ。」
「わかった。ほな行こか。」
ケネスは二人を店の奥に案内した。狭い廊下を進み、突き当たりのドアを開けると、店の裏に出た。そこにはもう一軒の二階建てのやはりロッジ風の小さな家が建っていた。
「え?」マユミが立ち止まった。
「お前んち、二軒もあるのか?」
「いや、この離れはな、わいの部屋なんや。」
「お前の?部屋?だと?」ケンジが驚いて叫んだ。
「正確にはわいの部屋はこの二階。一階は家族団らんのスペースや。」
「すごい・・・お金持ち・・・・。」マユミが呟いた。
ケネスに促されてその『離れ』のドアを開けたケンジたちは感嘆の声を上げた。「な!」「すごーい!」
広々としたスペースにふかふかの絨毯。大きなソファ、広いテーブルにびっしりと広げられた料理。そしておよそ日本の家にあるとは到底思えない暖炉が赤々と燃えている。
「さ、入った入った。」ケネスが二人の手を引いた。「今夜はあんさんらのバースデーパーティなんやから、遠慮しないな。」
「すごいな、ほんとに・・・・。」
「トイレはこの奥、シャワールームはこっちの奥や。」
「もはや別荘の世界・・・。」
「ほんで、この階段を上がったとこにわいの部屋があんねん。」
庭に面した一面ガラス張りの壁の前に、木製の手すり付きの階段がゆるやかな曲線を描いて二階に伸びていた。
「ほたら二人とも、座り。乾杯しようや。」
ケネスは三つのグラスにシャンパンを注いだ。
「え?お酒?」マユミが小さく驚いて言った。
「お酒やない。アルコール度数はほとんど0に近い、特別製のシャンパンや。」
「へえ・・・。」
「二人の18歳の誕生日にかんぱーい!」ケネスが叫んだ。