最終話 〜与えられた罰〜-3
「来たよ! マミ、その話は後でゆっくり聞くからさ、行こう」
「あ……うん……」
まだ何かぶつぶつと話し続けているマミの背中を押しながら、みずきは斎藤の車へと近寄っていった。車は駐車スペースの枠内に一度でピタリと入り、すぐにエンジン音が消え、中からばらばらと人影が降りてきた。全部で5人。みずきは大きな木の陰から、ひとりひとりの顔を慎重に確認した。
斎藤とエリナ、そしてトオル、残りふたりは同じバイク仲間のいつもにぎやかな双子たちだった。双子のひとりがふざけた調子で斎藤に敬礼した。もうひとりもそれにならう。
「一緒に乗せてってくれてありがとね! ではでは、邪魔モノはこのへんで消えますから、おふたりさんはゆっくりデートしてきてねぇー!」
「そうそう、そのかわりデートの報告は明日ゆっくり聞かせてもらうよ! じゃあ、帰りはホテルまで送迎バスで戻るからお気づかいなく!」
双子たちがきゃあきゃあと笑いながら走って行ってしまった後、トオルもふたりに手を振りながら温泉の方へと歩いて行った。斎藤はエリナの手を取って、温泉とは違う方向へと歩いていく。予定外の行動に、みずきは焦りを覚えた。ほとんど無意識にマミの腕をつかんで、ふたりの後を追った。
雨にしっとりと濡れた草を踏みながら、斎藤たちは傾斜の急な坂道をゆっくりと歩いていく。何を話しているのかはわからないが、斎藤がエリナの耳元で何かを囁くたびに、エリナは笑っているようだった。後ろから見るふたりの様子は、本当にお似合いの恋人同士そのもので、みずきは体の内側をかきむしられるような痛みを感じた。
ごう、と音を立てる強い風に煽られて、細い山道を覆うように生えている木々が激しく揺さぶられた。鳥の飛び立つ羽音、動物の鳴き声、ひらひらと舞い落ちる葉の黒い影。頭上で揺れる枝の隙間から月明かりがこぼれ落ちてくる。目が慣れてきたせいか、まわりの景色をずいぶんはっきりと確認できるようになった。みずきは斎藤たちから一定の距離をあけたまま、静かに後を追い続けた。
「えっ……ねえ、見て」
マミが急にに立ち止まり、みずきのシャツの裾を引いた。
「なによ、こんなとこで立ち止まらないで」
「あれ、トオルくんじゃない?」
マミが指さす方向を見る。斎藤たちふたりからさほど距離をあけない場所に、たしかに人影が見えた。いつのまに追いついてきたのだろう。姿勢を低くして、深く生い茂る草むらに隠れるような体勢で、みずきたちと同じようにふたりの後をつけているように見える。後姿だけで、遠目には誰だかよくわからない。トオルだと言われれば、そんなふうに見えなくもないが、仮にトオルであったとしても、ふたりの後をつける意味がわからない。
「もう、とりあえずいまは放っておこう。ぐずぐずしてたら見失っちゃうから。ね、行こう」
再びマミの腕をつかんで歩きだそうとしたが、マミはもう半分壊れてしまったように「やっぱり、トオルくんはエリナと」「信じていたのに、裏切られた」とその場にしゃがみこんでしくしくと泣き始めてしまった。もうみずきがどんなに引っ張っても揺さぶっても、言うことを聞かない。
肝心な時に役に立たないんだから! みずきは心の中で罵りながら、その場にマミを残したまま急ぎ足で斎藤たちのあとを追いかけた。
歩きながら、みずきはふたりの行き先に見当がついた。オーナーが話していた、地元のカップルたちの秘密のデートコース。いつか、みずきも斎藤と一緒に来てみたいと思っていた。ここに一緒に来たカップルは永遠に結ばれる、なんてそんなありきたりな噂話を頭から信じるほど子供では無かったが、そんな場所に斎藤とエリナがふたりで行くのは理屈抜きで許せない。どうしてわたしとじゃなくて、エリナなの? あなたのためなら何だってしてあげるのに。だいたい大塚とあんなことになったのも、あなたの隣にいたいと思うからじゃない。エリナの肩を抱く斎藤の後ろ姿。みずきは届かぬ想いをその背中にぶつけながら血が滲むほど唇を強く噛みしめた。