最終話 〜与えられた罰〜-2
「ねえ、マミ。エリナが来たら『あっちで女の子たちがみんな集まってるから行ってみない?』って誘うのよ。できるだけ楽しそうな感じで……って、ねえ、聞いてんの?」
マミはみずきの言葉に反応せず、うつむいたまま顔を上げようとしない。足元の小石をこつんと蹴り、鼻をすすりあげる。みずきの顔を見ようともしない。
夕食の後、温泉に向かうためにホテルを出たあたりから、どうにもマミの様子がおかしい。小さな声でぶつぶつと呟いては涙をこぼしたり、なにかを堪えるように両手をぎゅっと握り締めたり、よくわからない動作を繰り返している。
「ちょっと……なんなの? どうしたっていうのよ、こんなときに」
「だって、トオルくんが……トオルくんが、あのエリナって子と……」
マミは人目をはばからずにわんわんと声をあげて泣き始めた。送迎バスから降りてくる客たちが何事かとこちらを見ている。みずきはあわててマミの腕を引き、数台止まっているバスの陰に隠れた。大型バスのエンジン音がマミの泣き声をごまかしてくれる。
「ちょ、ちょっと、やめてよ、こんなとこで泣かないでよ! わかったから、聞いてあげるからさ」
「わたし……だまされていたのかな……だって、あんな……あんなこと……」
マミは少し顔を上げ、真っ赤な目でみずきをみつめて話し始めた。言葉の継ぎ目でいちいちしゃくりあげるものだから、聞き取りにくいことこの上ない。
「晩ご飯のあと……あのあとね、トオルくんが……あの子と一緒に部屋に入って行ったの……わたし、部屋にお財布忘れちゃってて……それで、それで」
どうやら、マミがいったん財布を取りに急いで部屋に戻ろうとしたとき、ちょうどトオルがエリナを連れてホテルの部屋に入るところに出くわしたらしい。
「ああ、そういえば一樹くんがトオルくんに何か言ってた。明日のレースの打ち合わせとかでバタバタしてるから、自分が一緒にいられない間はエリナの相手してやってほしいとか。一樹くん、メンバーの中だったら一番トオルくんと仲良いから」
「でも、だからってふたりで部屋でエッチしたりするの!? わたし、どうしてトオルくんがあの子と手をつないで部屋に入るんだろうってびっくりして……それで、ドアの前で動けなくて……そしたら、ふ、ふたりの声が、エッチしてる声が、聞こえて」
マミの声は興奮のせいかどんどん大きくなり、みずきはまわりの視線が気になって仕方が無かった。こんなときに関係ない人間に余計なことを聞かれたくない。マミはドアの内側から聞こえてきた声がどんなにいやらしいものだったかを、みずきに切々と訴えた。
「あんな声、聞きたくなかった……トオルくん、何回もエリナに、好きだよ、気持ちいいよって言ってた……」
「えぇ? 聞き間違いじゃないの? いくらなんでもそんな……あ、あれ」
駐車場に新たに一台の車が入ってきた。ヘッドライトが暗闇の中で眩しく光る。思わず目を細め、その車を確認するとみずきの心臓はどくんと大きく脈打った。大塚のものよりやや小さい、斎藤の車。車体にバイク関係の赤く大きなステッカーが貼ってある。みずきも何度も乗せてもらったことがある、あの車。暗くてよくわからないが、おそらく助手席にはエリナが乗っているはずだ。もうマミの世迷言を聞いている場合ではない。