小生意気な赤い頭巾の少女-2
花畑に少女を迎えにいき、早速小屋への道を急ぎ始めた。
うっかり口元に邪悪な笑みがこぼれてしまいそうな程、心がウキウキしている。
あんまり浮かれすぎて、必死で走る少女を追い抜かして小屋へ駆け込んだ。
「おらぁっ!!!婆ぁ!!連れて来たさぁ!!ひれ伏して感謝しやがれ!!」
扉を弾き飛ばす勢いで開いた瞬間、テリーの体がギクリと強張った。
明るい日光が差し込んでいるのは、埃とカビの充満した、生気のない室内。
ベッド脇の壁際で、古い亡骸が、寄りかかって倒れこんでいるような形のまま放置されていた。
すっかり干からびた骸に張り付いている服は、間違いなくあの老婆のものだ。
「おばあちゃん!!」
必死で走ったせいで、少女の赤いずきんがほどけ、金髪が広がった。
「おばあちゃん!!おばあちゃん!!!」
そして少女は、小屋に駆け込んだ。
テリーの身体を、幻のように突き抜けて。
「リタ!!」
老婆がしっかりと孫娘を抱きしめる。
自らの屍のその前で。
「クソ…」
歯軋りしてテリーは唸った。
今、何もかも解ったのだ。
「クソッ!!騙したなババァ!!!」
そして叫んだ。
「お前ら…お前ら二人ともさぁっ!!とっくに死んでるじゃん!!」
「だから言っただろう、今更命なんざ惜しくないって」
チッチと指を振って諭され、テリーは絶句した。
「…リタは、継母に依頼された猟師に殺されたんだよ。私もここで殺されてね」
「すごく…怖かったの…」
「あぁ、もう大丈夫だよ。二人ともあの化け物の一部に取り込まれちまったしね」
「ちょっとまて、それが変じゃん。」
強引に話しに割り込むと、テリーはリタを指差した。
「こいつさぁ、なんで今まであの化け物に取り込まれなかったんだ?」
「この肩掛けと頭巾のおかげさ。昔は裕福なお嬢様だったといったろう?」
老婆はニヤリと笑った。
「何人もの魔術師が力を込めた、護符の布だよ。これだけは手放さなかったんだ」
「そいつでオレは騙されたのか」
「この布のお陰で、この子はあの化け物に取り込まれずにすんだけど、その代わり森の中をずっと彷徨っていたんだよ」
悔しそうにテリーは舌打ちする。
普段の彼ならば、そんな眼くらましなど、簡単に見破っただろう。
だが、体の不調のせいで気づかず、更に言えば嗅覚は最初から正しかった。
小屋の中に、埃とカビの匂いしかしないのは、当たり前だったのだから。
全身に力が戻ってくるのを感じる。
今回は魔力低下が酷かった分、戻るのも早いようだ。
これ以上、一秒デモこんな場所にいるのはご免だったが、いくら何でも、たかが人間の 亡霊にまんまと利用されたままなど、腹立たしくてたまらない。
「………」
テリーは人間を軽蔑している。
卑屈で欲深くて愚かで、脆弱な存在。
それでも…
それでも、このまま老婆と少女の魂を跡形も無く壊すのが、テリーには簡単な事だとしても…
「どうも世話になったねぇ、本当にありがとう」
「ありがとう狐さん」
むかむかむかむか…
「うるせぇじゃん!」
鼻を鳴らし、べーっと舌を突き出す。
価値を認めた相手には、ちょっとだけ敬意を払う事にしている。
前例の無い、たった今決めたルールだったが。
「…さっさとさぁ!天国でも地獄でもいっちまえ!」
両手に魔力を込め、上空に突き出した。
屋根の破れめに覗く青空へ、金色の光の道筋ができる。
二人の亡霊が、導かれるように抱き合ったまま光の道を昇っていった。
魂が最後の安住を得られる場所。
不死の魔族が、永遠に到達できない場所へ。
終り