したたかな森の老婆-2
「ほらっ邪魔だよ。皿が出せないじゃないか」
どんっとまたテリーをどついてどかし、老婆はひびの入った皿を取り出した。
「あんた、腹は減っているのかね?」
「え?…いや…俺は何も食わないさぁ…」
「今更遠慮するこたないんだよ。ちゃんと代金は貰うからね」
「いらねーよ!ッんとに口悪ィババアじゃん!!」
向かいの椅子に腰掛け、老婆は一人食事を始めた。
すっかり不貞腐れたテリーはそっぽを向いて肘をついている。
「そーいえば、あんたの持ってた…」
唐突に老婆がまた話しかけてきた。
「モップだけど」
「モップじゃねーよ!あんな上等なモップあるか!!!」
「あたしが娘時代に持ってた狐の襟巻きみたいに上等な手触りだったね。よく似合ってると誉めそやされたモンだ」
「…は?」
呆れてテリーは老婆を見た。
鉄灰色の髪は薄汚れ、頭の上で乱雑に丸められている。
たるんだ頬としわだらけの顔は、まぁ、一億歩譲って昔は美人だったのかもしれないが、みすぼらしい衣服はつぎはぎ部分が多すぎて、元がどんなだったのかもわからない。
唯一、真っ赤な肩掛けだけが、古いながらもなかなか上質な物だと見てとれた。
「…あたしはこれでも、裕福な商家のお嬢さんだったんだよ」
老婆は勝手に話しはじめた。
「おまけに街一番の美女と言われていたしね。求婚者が引く手あまただったよ」
「そーかよ、たいした落ちぶれぶりじゃん」
やっと意地悪が言え、ニヤリとテリーは笑ったが、老婆は気にするでもなく話し続ける。
「人間、浮き沈みがあるって事さね。やりたい事は全部やっといたし、後悔もしてないね」
「フン、図太い婆ぁじゃん。」
「…それから色々あったけど、息子の後妻と折り合いが悪くてね」
「その根性悪じゃ当たり前さぁ」
……自分が同じでも、他人の欠点になると、本当によく見えるらしい。
テリーの知り合いがこの会話を聞いていたら、腹を抱えて笑い転げただろう。
「大きなお世話だよ。それでも、孫はあたしになついてくれて、たびたび訪ねてくれるんだから」
そこまで言うと、老婆は何か思いついたらしい。
「そうだ。あんたにちょっと頼みが…」
だが、ため息をつくと落胆したように首を振った。
「いや、やっぱり無理だろうねぇ」
ピクッと狐の耳が動いた。
「なんだよ?」
親切心など毛頭もなかったが、上手くするとこのムカつく婆さんを酷い目にあわせてやれるかもしれない。
「やめとくよ。無礼な乱暴者には向かない」
「どっちが無礼だよ…。いいからさぁ、言ってみな」
「実は…孫が今日ここに訪ねて来るんだけどね、最近森は物騒だろう。女の子の一人歩きは危険だと思うんだよ」
「親でもついてやりゃいいさぁ」
「後妻と言ったろう。あの子にとっては継母さ。あの子を疎んでわざと危険な場所に行かせるんだよ」
「…おい、まさか俺にそのガキを迎えに行けって言う気か?」
「だから止めておくといったろ。力づくならともかく、子供を優しく連れて来るなんて出来そうにないからねぇ」
ピクピクっ!!
魔族の中でも、テリーほど心理操作に長けている者は殆どいない。
それなのに、今日のざまはなんだ。
朝っぱらから、たかが人間の老婆に言い負かされっぱなしで、挙句の果てには無能あつかい。
更に老婆はトドメをさした。
「気にするこたぁないよ。誰にだって苦手な事の一つくらいあるからね」
「は!知りもしないクセに、言ってくれるじゃん」
なんてわかりやすい挑発!
バカで下等な人間がいかにも考えそうな、底の浅い見え透いた手ぐちだ。
しかし、テリーは椅子を乱暴に押しのけて立ち上がった。
「いいさぁ、あんたの孫を連れてきてやる。指一本触れずに優〜しくさ。」
「ほー、そうかい。…じゃぁ頼むよ」
「楽しみに待ってな」
「孫のリタは私の肩掛けとそろいの布の頭巾をかぶっていてね、あかずきんと呼ばれてるんだ。可愛い子だよ」
老婆の挑発にあえて乗ってやったのは、ドス黒い考えがあったからだ。
約束した通り、完璧にエスコートしてきてやる。
だが、その後の事は約束していない。
二人そろった所で、まずは孫から殺してやる。
いくらこの婆さんでも、可愛がっている孫の命は惜しいだろうからな。