小さな海の還るところ-2
やめろ、やめろ、やめろ、
螺子が回っているかのように一度響いた声が止まない。
うるさい、彼女が描けっていったんだ。
耳を塞いでしまいたい。海に沈めてしまいたい。
やめろ、やめろ、やめろ
鳴り止まない悲鳴の様なノイズ
デジャ・ビュに襲われる。
今まで俺は何度も何度も螺子を巻き、何度も何度も繰り返して来た。壊れた玩具は俺の方だ。
どこか遠い灰色の風の中、俺が口を横に開けて笑っている。
声を立てて笑っているはずなのに、その声が聞こえない。
お前は残酷なのだろう?
彼女はゆっくりと俺の隣りにある白い布の掛かった絵を持ち上げる。俺は閉じ込め終わった絵に烙印を残した時、彼女は絵の布を取り去った。
多分、同時だった。
俺は烙印を刻み付けた後、目をゆっくりと閉じた。
闇が訪れる。
ばらばらと何かの破片が俺の上に降り注ぐ。筆をもった手の甲に痛みがはしった。そこはだんだんと熱くなる。
そして最後に冷たく冴えた風が俺をなでていく。
ギシギシと軋む歯車は動く事を止めようとしていた。
風が止んだ時、俺は目を開いていた。
手の甲を見つめると、鋭利な刃で傷つけたかの様な深い傷が血を流していた。
痛みは感じない。俺はぺろっと傷口を舐めて眼を細める。
血は止まらない。
遠くに浮かんでいたどんよりとした不機嫌な雲はなくなっていた。
そこにはさっきとは違う空色の空が広がるだけだった。
だから、俺は空以外描きたくないんだ。
俺は誰にでもなく嘲笑ってやった。
後ろを振り向くと、彼女の姿はなく、代わりにあの絵が落ちていた。絵の中の彼女は影などではなく、美しい極彩色に染め上げられたものだった。
俺は椅子から立ち上がり、腰を屈めてそれを拾いあげた。
絵の中の彼女は微笑みを浮かべ、今まで描いた絵の中でただ一つ俺ものである、小さな海を両手でつつみこんでいた。
俺の頬をまた何かが伝う。
絵に閉じ込めたはずだろう?なのに、まだ…
そして再びそれは足元の地面に小さな海をつくる。絵の中で微笑んでいる彼女の手の中の海は流れ落ちはじめていた。