獲物はすぐそこに-4
ここはコースの崖の途中にある中継地点のようなスペース。本番ではここで壊れたバイクを簡単に修理したり、けがをしたひとを休ませたりする場所になる。一角だけ道幅が広く、バイクが20台程度止められる広めのスペースになっている。
斎藤とトオル、それに大塚も、仲間たちが輪になって休憩していた。大塚も普段は見せない精悍な顔つきで、まるで別人のように見える。
「大塚さん、やっぱりすごいですよね。途中で丸太がいっぱい転がってたところ、あんな場所もスピードそのままで行っちゃうんだもんなあ……」
「そうだよな、俺さすがにビビってさあ、ちょっと止まっちゃったよ。あんな勢いのままよく行けますよね」
仲間たちの称賛の言葉に、大塚がまんざらでもない表情で答える。
「まあな。でもあんなところは下手にブレーキかけたりするほうが危ないんだ、慣れればアクセルワークだけでどうにかなるさ。あとハンドルに体重をかけ過ぎると……」
仲間たちは大塚の言葉にいちいち感心したり、うなずいたりしながら話を弾ませている。少し遅れて、輪の中にマミも加わった。トオルの隣に寄りそうように腰を下ろす。トオルは優しげな視線をマミに向け、ヘルメットの上からマミの頭をぽんぽんと撫でた。
みずきがいくら視線を送っても、斎藤はちらりともみずきのほうを見ようとはしない。胸の中に痛みが広がる。どうしてそんなふうにするの? わたしにも少しくらい優しくしてくれたっていいじゃない……
「さあ、みんな水分補給は済んだか? あとは各自で好きなだけ走って、夕方には宿で合流しよう。飯の時間は19時らしいから、遅くともそれまでには戻るように。それじゃ、解散!」
大塚の言葉を合図に仲間たちが立ち上がる。バイクに戻る直前に、少しでも話がしたくて斎藤に駆け寄った。
「一樹くん、あの……明日は、頑張ろうね」
「ん、ああ。おまえもケガしないように気をつけろよ……あ、トオル! 俺もすぐ行く」
斎藤の表情は微笑んでるように見えた。すぐにトオルと並んでコースに戻ってしまったけれど、みずきは久しぶりに言葉を交わせたことで有頂天になった。
一樹くん、わたしのこと嫌ってなんかいないんだわ……よかった。きっと、きっとエリナさえいなければ私たち元どおりになれるよね……
本当にそうなのか。以前のように一緒にいることなんて、もうできないんじゃないのか。揺れ動く気持ちを無理やり意識の外へ追い出して、みずきもコースに戻った。そうだ、エリナを大塚たちに任せて、わたしは一樹くんの部屋にこっそりたずねていって、またいつかのようにお酒をたくさん飲ませて抱いてもらおう。降り続く雨に打たれながら、みずきはそんな妄想をめぐらせて夕方までの時間を過ごした。