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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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孤独なウロボロスについての記述。-3



 ――ホールでは、楽士団が新たな曲を奏でだした。

「素敵な曲ですね。なんと言いますの?」
 サーフィがヘルマンに尋ねる。
 この国の舞踏会では馴染みの曲だが、彼女は初めて耳にしたのだろう。
「氷炎の舞踏曲。……フロッケンベルク15代目国王。『芸術王』と呼ばれたフリーデリヒ王の作曲したものです。」
「国王陛下が作曲を?」
「くく……まぁ、風変わりな御仁でした。」

 演奏者たちは、華やかな魔法灯火の下で踊る客達を、見事な演奏で喜ばせ、自分達も楽しそうに楽器を奏でている。
 その光景を眺めながら、ヘルマンはポツリと呟く。
「僕は、この曲が結構好きですよ。」

(――フン。結局お前も、ただの平凡な人間に落ちたってとこか。)
 ヘルマンの背後から、例の幻の男がそっと囁く。冷たい冷たい氷の息を吹きかけながら……。
 眼を瞑り、意識の中だけで振り向いた。
 どこまでも白く冷たい雪闇の中で、幻の男と向き合う。

(ええ。僕は最初から、ただの平凡な人間でしたよ。孤独が辛くて、寂しくてたまらなかった。)
(……。)
(僕は認めたんですから、君も偽りは止めたらいかがですか?)
(……気づいてたんだね。)
(ええ。)
 長身の男はふっと縮まり、黒髪に紺碧の瞳をした少年になる。
 まだ人間で……小さな子どもだった頃の、ヘルマン自身だった。
(忠告してあげているんだよ。)
 剣呑な視線で、子どもは淡々と告げる。
(あの女も、いずれは裏切る。人は皆、嘘つきだ。)
(彼女も完璧じゃない。嘘をつく事だって、あるかもしれませんね。)
(だったら、心を許すべきじゃない。常に優位を確保すべきだ。弱みを見せちゃいけない。)
(別に、裏切られても、かまいませんよ。)
(……どうでも良いっていうの?)
(いいえ。そうじゃありません。)
 静かに、ヘルマンは目の前の子どもに……遠い昔に切り捨て、氷の魔物に捧げ、凍てつかせてしまった自分に、語る。
(もし裏切られたら、僕は傷つくし、怒るでしょう。けれど、彼女が自分の意思でそうしたのなら、最後にはきっと許します。)
(なんで……っそんな……っ!)

(彼女を、愛しているからです。)

 その返答は、明らかに子どもを動揺させた。
(で、でも……!君は不老不死だ!彼女はあっという間に老いて死ぬ。そうしたら君はまた一人に……)
(君は本当に、臆病な子どもですね。)
 両眼を細め、ヘルマンは子どもの黒髪をなでた。
(君は……他人事のように、言ってくれるんだね。でも、僕は……)
(君は僕自身、ですよね。)
 クスリ、と苦笑した。
(僕が傷つかないように、ずっとその氷で守ってくれていましたね。)
(……でも、もういらないみたいだ。)
 泣き出しそうな顔の子どもを、抱きしめた。
(!?)
(そんなわけないでしょう。)
(だって……)
(君は、僕自身なんですから。決して僕を裏切らない。永遠に一緒にいてくれる、唯一の存在ですよ。)
(……。)
(臆病で、寂しがりで、カッコつけ屋ですが……くく。)
 心底おかしくて、小さく笑った。
(困ったものですね。僕は……そんな自分が、けっこう好きです。)

「ヘルマンさま?」
 キョトンとした顔のサーフィに、微笑む。
「……いえ。少し、考え事をしておりました。」
 そして、情熱的な炎色の瞳をした妻に、氷河色の瞳をした錬金術師は、『せいぜいカッコつけて』手を差し出した。
「さぁ、踊っていただけますか?僕の愛しい人。」

 終




 寒い寒い書庫の中。
 魔法の火で身体は温まっても、心は冷えつく一方だった。

 ある日、書物から知った魔法で、もう一人の自分を創った。

 もう一人の「僕」は、あの狭い書庫の中でのみ存在できた。
 たくさん話をし、一緒に笑った。
 「二人」で寄り添って温まった。
 外の世界に引きずり出されてからも、何度も会いに行った。

 成長する本物の僕。
 いつまでも子どもの書庫の「僕」。

 書庫が壊された時、「僕」は消えてしまったと思い、絶望した。
 全てに期待する事をやめ、何よりも愛していた本を投げ捨てた。
 自分を守るため、心を凍てつかせる道を選んだ。
 
 不老不死の薬を飲んで、朦朧とした意識の中……氷の魔物に囁かれた。

 あの言葉を、やっと思い出した。

『生かしてやろう。もう一人のお前が、自分を凍らせろと申し出たからね。……お前を助けたいそうだ』








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