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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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一人ではできない事、ついての記述。-1


 一年が立った。
 
 フロッケンベルクの王都は一年でもっとも素晴らしい季節――夏――を迎えていた。
 一年のほとんどを雪と氷に攻め立てられるこの国も、短い夏だけは事情が違う。
 草木はいっせいに芽吹き、白と灰色の世界に色彩が戻る。
 国の誰しもが待ち焦がれ、一年分の生気を取り込もうとはしゃぎたてる、生命の季節だった。
 観光客や行商人も、この時期にこぞってやってくる。
 獰猛な狼たちでさえも、森林の獲物で腹がいっぱいになるので、街道を通れば安心して旅ができるからだ。
 夏になると、王都は毎日がお祭り騒ぎだ。
 中央広場は華やかに着飾った人々や、品物を満載に積んだ荷馬車で埋め尽くされ、人口は普段の十倍になるとも言われている。
 パーティーの類も、殆どがこの時期に行われる。

 しかし、周囲の賑わいも意に介さず、ヘルマンは今日も自宅で、書物と実験道具に囲まれて、薬品調合をしていた。
 夏は毎年やってくるのだし、特に今年は出かける気にならない。
 半年前にヘルマンが買い取ったこの家は、取り立てて豪華な屋敷ではないが、品のあるたたずまいの建物だった。
 王都の繁華街から少し離れた所にある住宅地の一軒で、訪問者からは少々解りづらい位置に建っている。
 内部は、クリーム色の壁から飴色の柱や天井まで、清潔に掃除が行き届き、家具類はどれも一級だが、決して成金趣味にはならず、落ち着いた気品が漂っている。

――玄関の呼び鈴が鳴った。
 珍しいものもあるものだと、彼は薬品の入ったビーカーを置く。
 基本的に、仕事の取引は錬金術ギルドを通してくれと言ってあるので、自宅に突然尋ねてくるような無礼者はいないはずだ。
 ごくたまに、物売りか何かの勧誘がくるくらいだが、それですらうっとうしい。
 襟元のタイをきっちり直し、彼は玄関に向かう。
 呼び鈴が何度も鳴らされている。必死ささえ感じるような勢いで。

「はいはい、今出ますよ。」
 のんびりとドアを開けながら、少しだけ抗議を口にした。
「何の御用か知りませんが、呼び鈴を壊さないで頂きたいんですが……」
 途中で声は止まる。
驚愕に開いたままの口が、やがてゆっくり閉じ、また開いた。

「これはこれは……お久しぶりですね。」

 開いた戸口に立っているのは、こざっぱりしたジプシー風の衣服に身を包み、小さな旅行かばんを手にした、サーフィだった。
 ふくらはぎまであった白銀の髪は、少し切ったらしい。三つ編をくるんと可愛く巻いて、纏めている。
 隊商の暮らしで、少し日焼けしたようだ。
 青白くはかなげだった顔色は、生き生きとした生命力に満ちて、昔よりもいっそう心をひきつける。
 澄んだ赤い瞳が、ヘルマンをしっかり捕らえて離さない。

 なぜ彼女がここにいるのか、さっぱり解らなかった。
 一年前に林で別れてから、ヘルマンは一切のかかわりを断つようにつとめた。
 サーフィがアイリーンに正式に雇われ、幸せに暮らしていると情報は入ったから、それで十分だった。
 バーグレイ家との交渉は、別の人間にやってもらうよう頼み、念を入れて引越しまでした。
 この時期には、バーグレイ家の馬車も王都に訪れているはずだから、万一うっかり鉢合わせなどしないように、自宅に閉じこもっていたのに……!
「お久しぶりです。あの……手紙を届けに参りました。」
 ヘルマンを見上げ、サーフィはおずおずと一通の手紙を差し出す。アイリーンからだった。
『うちの情報網を、甘く見ないでおくれ。』
 綺麗な筆跡で、そう大きく書かれていた。
 ヘルマンは思わず倒れそうになって、柱に寄りかかった。

――情けない。『姿なき軍師』も、落ちぶれたものだ。



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