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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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一人ではできない事、ついての記述。-2

 サーフィがフロッケンベルクを訪れたのは、これが初めてだった。

 例年であれば、バーグレイ家も毎年、夏にはここを訪れるのだが、去年の夏はあの騒動で、とても訪れられなかったのだ。
 広場で隊商に別れを告げ、通りすがりの人に何度か道を尋ねて、アイリーンが調べてくれた住所にやっと着いた。
 瀟洒な飴色の扉の前に立ち、真鍮の呼び鈴を鳴らすと、心臓が破裂しそうに高鳴ってきた。
 何度も心の中で言う事を練習していたのに、ヘルマンの姿を実際に眼にしたら、頭が歓喜で真っ白になって、バカみたいにポカンと突っ立ってしまった。

 とにかく入るよう促され、落ち着いた内装の応接間へ通された。
 ヘルマンは、一年前とまるで変わらなかった。
 玄関では、少々驚いたような表情だったが、昔のようににこやかな笑顔で、この一年の事を尋ねられ、ポツポツとサーフィは語り出した。

 ヘルマンと分かれてから、バーグレイ家の馬車で、大陸のあちこちを旅して過ごした。
 隊商での生活は、見るもの聞くもの全てが新鮮で、初めはかなりとまどった。
 危険や苦労も多く、華やかなドレスや豪華な食事とも、無縁の暮らしだ。
 しかし城のように、常に相手の腹を探り合い策略をはりめぐらす、冷淡な人間関係とも無縁だった。 
 隊商の人々は、首領のアイリーンを中心に、一つの家族のように、暖かくまとまっていた。
 アイリーンは、とても良い雇用主だった。
 公平で気さくに接してくれ、世間知らずだったサーフィが周囲に溶け込めるよう、さりげなく気くばりをしてくれた。
 サーフィが吸血姫と呼ばれていた事を、アイリーンは隊商の皆に隠さなかった。
 サーフィを皆に紹介する際、もう血を飲む必要はなくなった事と共に、告げたのだ。
 それからこういった。
『何も喰わないのは、善人じゃない。死人だけさ……と、あたしは思うんだがね。それに、(ブラッディ)血入りソーセージが嫌いなヤツは、この中にいないとも思ったよ。』
 隊商の皆は、それを聞くと大笑いして、サーフィを受け入れてくれた。
 それで解った。
 アイリーンが、自分を吸血姫だと暴露した時はギョッとしたが、下手に隠したりしたら、彼らと分かち合える事など、ずっと無かったのだ。

 それを聞くと、ヘルマンも大笑いした。
 応接間には一人がけのソファーが二つ、小さなテーブルを挟んで向かい合わせに置いてあり、彼はサーフィと向かい合わせに座っていた。
「くっく……ははははっ!まったく、彼女らしい。」
「ええ。素敵な方です。」
 上質なソファーの上で、サーフィも頷く。
 あんなに素敵で豪快な女性はそうそういない。
「ヘルマンさま……」
 思い切って、サーフィは尋ねた。
「こちらの御宅で、メイドは募集なさっていませんか?」
「―――――はぁ?」
 ヘルマンが、口をあんぐりあけて眼を丸くしている。
 彼のこんな表情を見るのは初めてだったが、サーフィは必死すぎて、あまり気づかなかった。
「大陸のあちこちに行きました。素敵な所は沢山ございましたし、隊商の暮らしも、私はとても好きです。」
「……では、そのままバーグレイ家の護衛を続けたほうが、良いと思いますよ。」
 彼の口元から笑みが消え、怒ったように両眼が狭められた。
 一瞬しり込みしかけたが、ぐっと拳で服を握り締め、大きく息を吸って告げる。
「ですが……ヘルマンさまがいない世界は、意味がないのです。」
 この一年間で、はっきり思い知った。
 海も山も荒野も草原も見た。
 美しい町並みを仲間と歩き、買い物をして賑やかな食事をして、笑いあった。
 楽しい事も嬉しいことも大変な事も悲しいことも、色々経験した。
 でも、どこで何をしても、ヘルマンがいなくては、世界はピースの欠けたパズルのようなものだ。
 永遠に完成しない。

『それなら、欠けたピースを手に入れて埋めるんだね。』

 アイリーンはそう言って、この住所を調べてくれたのだ。
「使用人としてでもかまいません。私はヘルマンのそばにいたいのです。貴方を失くして、私の世界は完成しない。」
「……。」
 ヘルマンは難しい顔で黙ったまま何も答えなかった。
 重苦しい沈黙が応接間に降り積もり、いたたまれない気分になってきた。
 ――どうしよう。迷惑な娘だと呆れられたのだったら……。
「生憎と、住み込みのメイドは必要ありません。掃除も料理も得意でしてね。」
 俯いたサーフィに、素っ気無い声が投げかけられる。
――――ああ、やっぱり……何でも一人でできてしまうお方だもの……。
「ただ……まぁ、その……ちょうど来週、錬金術ギルドのパーティーがあるので、エスコートできる女性を探していますよ。たまにはダンスも、悪くないですから。」
 彼に似つかわしくない、歯切れの悪いセリフが続けられ、思わずサーフィは顔を上げた。
「昔……ある人に言われたのですが、何でも一人で出来ても、ダンスは一人では出来ません。……パートナーがいないと。」
「ヘルマンさま……?」

 生まれて初めて見る光景だった。
 ヘルマンが気まずそうにそっぽを向いて、顔を赤くしている。
「できれば、銀髪で赤い瞳の女性を希望します。それと……譲れない条件としては……パーティーが終わった後も、一緒に暮らしてくれる方で……」
 そこまで言って、ついに観念したらしい。
「はぁ……。」
 深いため息をつき、戸惑いと苛立ちと愛しさと……その他いろんな人間らしい感情の籠もったアイスブルーの瞳が、サーフィを見る。

「妻でしたら、募集しております。」


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