姿無き軍師についての記述。-5
一方、王妃の息子もまた変わっていた。
生まれつき病弱な青年で、全てに完璧なヘルマンに比べれば、凡人というしかなかったたが、非常に稀有な美点を持っていた。
母親と正反対で、人を妬むというが一切なかったのだ。
王妃の息子は、数奇で優秀すぎる異母弟を尊敬し、憧れすら抱いていた。
ヘルマンが王位を継ぐのに異論はなく、身体の弱い自分は補佐に徹するとさえ、父王にこっそり進言していた。
それを知った王妃は怒り狂い、ヘルマンが息子の自信を無くさせたせいだと酷くなじったうえ、王太子への反逆罪として死刑にするべきだと詰め寄った。
まくし立てられた『陰謀』は、全て言いがかりで、王妃がどんなに主張しようと、死刑にする事などできなかったが、すでにヘルマンはうんざりしていた。
そこで彼は、とんでもない賭けを王妃にもちかけた。
王家に古くから伝わる禁呪を使い、百分の一の確立で自分が不老不死の生を得られたら、王家から開放された人生をくれと言ったのだ。
まるで勝ち目のない賭けに、自分の命を叩きつけた。
……そして、ヘルマンは賭けに勝った。
漆黒の髪と紺碧の瞳は、薬の影響で色素が薄くなり、濃いグレーの髪と氷河を思わせる アイスブルーへと変色したが、彼は生き残り……氷の魔物を体内に宿した、不老不死の魔人になった。
そしてヘルマンは母の姓を名乗り、『ヘルマン・エーベルハルト』という、新たな人生を得た。
王妃は恐れおののき、ヘルマンの要求どおり、王には彼が事故で死んだと告げ、代わりの遺体を用意して、全てを闇に葬った。
彼女はその後、異常に氷へ脅えるようになり、しまいに狂ってしまったが、死の間際に正気に戻り、息子へ密かに真相を告白したらしい。
全てをさっぱりと振り切り、錬金術ギルドで働き始めたヘルマンだったが、たった一つ、妥協した点があった。
それから何年も経ち、王となった異母兄は、あるとても困った問題に行き当たった。
このままでは間もなく、民は飢えと侵略者に苦しみ、国は滅びる事になるだろう。
家臣たちとも相談したが、誰も良い案を出す事はできない。
異母兄は何日も眠れない夜を過ごしていたが、ある晩突然、ずっと音沙汰の無かったヘルマンが、夜中にこっそり寝室に現れ、黙って一通の手紙を差し出したのだ。
見知らぬ筆跡で記されたそれには、実に的確なアドバイスが書かれ、国は窮地を乗り切れた。
手紙はその後も何通も届き、そのたびに異母兄を救った。
やがて異母兄も歳をとり死を迎えたが、遺言の最後に、フロッケンベルクの国旗に漆黒のウロボロスを描き加えるよう、記されていた。
その理由は誰にも告げられなかったが、善王として好かれていた彼の願いは叶えられた。
そして時が経ち、王家の世代が移り変わっても、いつしか『姿なき軍師』と呼ばれるようになった魔人の青年から、その手紙は今も届き続けている……。