白銀の獣、についての記述。-7
兵達の前で、少女の手にした刀が、髪と同じ銀色に光る。
「無駄だ……。」
ボソリ、と無意識に隊長は呟いた。
その少女に言ったのではない。部下達に投げた言葉だった。
――あの『獣』に敵うものか。
彼女が見につけているのは、重たげで装飾過多のドレスとピンヒールの靴ではなく、男装のような動きやすい衣服と実用性の高いブーツだ。
隊長の目に映るのは、いまや成獣へと進化し、邪魔な枷を外された、あの美しい白銀の獣だった。
吸血姫と呼ばれ、蔑まれていた、あの悲しげな瞳をした少女だった。
少女は軽やかにステップを踏み、白刃を翻し、次々に武器を弾き飛ばす。
しかしあの時と違い、兵達から驚きの悲鳴は上がっても、血と絶叫は上がっていない。
柄や峰で打たれる程度だったが、あまりにも圧倒的な技量の差を見せ付けられ、戦意を喪失して座り込む。
足腰から力が抜け、ペタンと隊長も座り込んだ。
知らず知らずのうちに、頬を涙が伝っている。
なぜ俺は、あの美しい獣に“バケモノ”と叫び傷つけてしまったのだ……。
その後悔は決して消えることなく、誰かに告白する事も出来ずに、ずっと彼に小さな痛みを与え続けていた。
門を守っていた兵達は、もはや無力に等しかった。
……と、少女を置き去りにしていったはずの馬車が、石畳に火花を散らしながら、猛スピードで戻ってきた。
おそらく、少女が道を開くまで、兵に取り囲まれるのを防ぐために走り回っていたのだ。
馬車が横を通り過ぎる一瞬の後、少女はすでに自分の身体を馬車に飛び乗らせていた。
刹那、城壁を見上げた少女と、目が会った気がした。
もしかしたら、気のせいだったのかもしれない。どのみち彼女は、自分の事など、覚えていないだろう。
ただ、少女の赤い瞳が、もう悲しみに澱んでいなかったのが、やけに嬉しかった。
辛苦に澱んでいた瞳は、強い決意と喜びに満ち、更に美しく輝いていた。
檻から解かれた美しい獣の姿は、そのまま遠ざかり、それを最後に、この王都から永遠に姿を消した。