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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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白銀の獣、についての記述。-6

 数十分後。
 シシリーナの王都は、開けた平地にあり、海に面した東側以外は、敵をさえぎる天然の障害物が何も無い。
 よって都市の周りを、長い城壁がぐるりと取り囲んでいる。
 はるか昔に作られたこの頑強な城壁は、今もなお市民たちを守護しており、観光名物にもなっている。
 城壁には、西南北に三つの門が存在するが、今夜は西側の門で、大変な騒ぎが起こっていた。
 何しろ、『西から完全武装の大軍が向かってきた』と、血相を変えた兵の伝令がもたらされたのだ。
 しかもその軍は、“通った後には草木も残さない軍隊アリ”とまで言われている、イスパニラの正規軍らしい。
 攻撃の意志があるないに関わらず、他国の土地に軍隊を侵入させるのは、それだけで立派な侵略行為だ。
 西門を守る守備隊長は、急いで城門を開き、付近の住民を王都の中に避難させるように指示を出したが、首をかしげた。
 ソフィア王女はこの国の王妃とはいえ、他国の王女の妻というのは、人質も同然だ。
 イスパニラ王は、娘を見殺しにする気なのだろうか?
 思案しながらも、隊長は手早く部下に指示を出し続ける。
 敵の軍が到着する前に、門を閉じなければならない。
 城壁の外から、夜中にたたき起こされた人々が、わずかな荷物を掴んで、必死に殺到する。
 城壁の見張り台に立った隊長は、西の地平線から、白いもやが立ち上るのを見つけた。夜闇の中にもはっきり解るそれは、大群の騎馬団がたてる砂煙だ。
 急いで門を閉めるように指示を出した時、ただでさえ大混乱になっている城門内部で、ひときわ大きな騒ぎの音が沸きあがった。
 外から中へと流れている人の波と反対に、市街地の方から、一台の馬車が突然走り出してきたのだ。

「おい!止まれ!!」
 兵達が、大声で怒鳴るが、その馬車は一向にとまらない。それどころか、更に加速する。
 城壁の上であっけに取られた隊長の脳裏に、奇妙な既視感がよみがえる。

 あれは数年前。
 彼が地方から王都に配属され、間もない頃だった。
 国王が市内を視察する際、警護につきそった事があった。
 その時、御者に化けていた悪党に馬車を乗っ取られ、あやうく国王が誘拐されそうになった事件があったのだ。
 結局、王は無事だったが、油断して王の身を危機に晒したと、あの事件の後、彼は王宮からこの門へと左遷されていた。
 それでも彼は、そう無能ではなかったから、今ではこの門を守る隊長になっていたのだ。 
「あ……あ……」
 爆走してくる馬車は、飾り立てた王家のものとはまるで違う。
 頑強な二頭の馬に引かせた馬車は、頑丈さやスピードの効率を重視した、実用的なものだ。
 馬を操る御者は、制服を着た男ではなく、顔を半分隠したジプシー風の女だ。
 それでも……心の奥から震え沸き立つ、あの光景を思い出させるのは……
 馬車を制止しようとした警備兵の槍が、電光石火の速さで半分の長さに切り取られていた。
 嵐にもまれる船よりも揺れる馬車の上に立ち、『彼女』はその芸当をやって見せたのだ。
 闇夜にも輝く白銀の長い髪が、宙になびく。

「撃て!!」
 仕官の一人が命じ、馬に向けて一斉に弓が引かれたが、矢は放たれなかった。
 全ての弓弦は、ブチンと切れる。
 いつのまにか、ギリギリの所まで、切れ目を入れられていたのだ。
 仕方なく、馬に向けて手近な石を投げたものもいたが、まるで意味はなかった。
 その馬車は、馬にまで細かい鎖を編んだ鎧を着せていたのだ。あんな奇妙なものは、おそらくフロッケンベルク製品だろう。

 御者の女にも石や槍が投げられたが、白銀の少女が全て叩き落した。
 御者の腕も、まちがいなく一流以上だった。
 避難してきた一般市民たちを巻き込むことなく、神業の手綱さばきで馬を操る。
 だが、馬車が門にたどり着くよりも、兵達が門の前に固まるのが早かった。
 重い城門を閉めるのにはまだ時間がかかるが、いくら鎧をつけた馬であっても、数十人の兵達が突き出している槍の柵へ突っ込むことは不可能だ。
 だが意外な事に、身構える兵達の目前で、馬車は急に方向を変えた。
 そして、ほんの少しだけスピードの落ちたその瞬間に、ヒラリと少女の身体が宙に舞った。
 馬車から飛び降りたのだ。少女を残し、馬車は来た道を凄まじい速さで戻っていく。


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