囚われの二日目についての記述。-1
全てが夢だったらいいと思ったのに。
眼が覚めたサーフィは、やはりあの独房にいた。
小さい窓があるため、鉄格子としっかりはまった厚いガラスごしに、昼夜の区別くらいはなんとかつく。
どうやら今は昼らしいが、次の日なのか、それとも丸一日以上眠ってしまったのか、はっきりしない。
媚薬の名残なのか、じくじくした熱が、未だに体中を蝕んでいる。
テーブルの上には簡単な食事が乗っていたが、とても手をつける気にはなれなかった。
ひたすらに身体がだるく、粘つくような眠気が、寝台からおりる事さえも拒む。
気づくと、身につけているのは、触りのいい清潔なローブ一枚だけで、身体を締め付けるコルセットも、裾を引き摺る重いドレスも無い。
ただ、鉄かせはあいかわらずしっかり右手首にはまっている。
髪は解かれ、銀色の滝になって寝台に散らばっていた。
ドレスの類は部屋から消えていたが、髪留めだけは、食事の載ったトレイの横に置いてあった。
「っぅ……。」
全身をめぐる熱の中でも、特に身体の芯に……初めて男を受け入れた部分が、格段に熱い。
まだ何か埋め込まれているような感覚さえ残っている。
それこそが、この部屋にいることよりも、あの出来事が夢でなかったという確かな証拠だった。
右手をそろりとあげて、サーフィは枷を眺める。
鎖の長さは十分だから、室内を動くのに支障はなさそうだ。
しかし太くて頑丈な代物だった。サーフィが屈強な男だったとしても、これを素手で引きちぎるのは到底無理だろう。
コンコン。
部屋の扉をノックする音がした。
牢屋の扉をノックするなど、まったくもって滑稽な話だ。開け閉めの権利があるのは向こうなのに。
それでも、こんな礼儀正しい真似をしそうな人は、決まっている。
「……はい。」
仕方なく返事をすると、鍵を回す音が聞こえ、思ったとおりヘルマンが入ってきた。
「顔色が良くありませんね。」
しゃあしゃあとそんな事をいいながら、寝台へ座り込んでいるサーフィの隣りへ、ストンと腰掛ける。
「食欲がなくとも、少しは食べたほうが良いですよ。」
いつもとまるで変わらない、にこやかな笑顔を向けられた。
「それとも、こちらを先に飲みますか?」
白衣のポケットから、血液入りの小瓶が取り出される。
「昨夜のように、飲ませて差し上げても構いませんが。」
からかうようなセリフに、サーフィの眉がきつく寄った。
行為の後、意識のはっきりしないまま、口移しに血を飲まされたような気がしていたが、やはりあれは本当だったのだ。
「――――――食事も血も、もう必要ありません。」
下を向き、シーツに視線を落としながら、虚ろに答えた。
そう、考えてみれば簡単だ。
たった三日、血を飲まなければ、全てを終りに出来る。
「私がどうなろうと、ヘルマンさまには何の影響もございませんでしょう?」
あの時のセリフを、そっくりそのまま投げ返してやった。
「ぅっ!?」
強く顎を捕まれ、強引に顔を上げさせられた。
ヘルマンの顔からは、まったく笑みが消えており、冷たい無表情だった。
「君に、失望しなくてはなりませんかね。」
「……いまさら失望?」
「僅かでも希望をもって、勝ち目のない勝負に命を賭けるのは、無謀な愚か者ですが……。」
雪のふきすさぶ氷河を思わせる、冷酷なアイスブルーが、サーフィを見つめる。
「戦いもせず、怠惰な死を選ぶクズよりは、数段マシです。」
「……っ。」
「君の人生は君のものです。幕引きもご自由に。」
視線と同じくらい、冷たく凍った言葉が投げつけられる。
「……。」
顎を押さえていた手は、あっけなく離され、何も答えられずにサーフィはまた俯いた。
重苦しい沈黙が満ちる。