囚われの二日目についての記述。-2
しかし沈黙を破ったのは、ヘルマンの方だった。
「――君は小さい頃、口の上手い司祭にそそのかされ、死にかけた事がありましたね。」
「……?」
忘れるはずのない出来事を唐突に引き出され、思わず顔をあげた。
「考えてみれば、君を書斎に入れてもかまわないと思ったのは、あれがきっかけでした。」
「え……?」
「勝ち目のない賭けに命を張り、あっさり敗北した愚か者ですが……」
もう一度、顎に指先をかけて、軽くもちあげられた。
何の感情も量れない無表情で、ヘルマンは残酷に告げる。
「そのまま自己憐憫に浸って死ぬ事も良しとしなかった。もう一度、檻に戻って足掻く事を選んだ。『愚かだが、悪くは無い。』……今思えば、そう判断して、君に敬意を表したのでしょうね。」
「っ!」
「僕は、判断違いをしたのでしょうか?」
口はしが嘲笑の形に吊り上げられ、氷河色の双眸が、鋭くサーフィを射抜く。
その意味するところを、サーフィは理解して絶句した。
もっと戦ってみろ。
――この期におよんで、そう挑発しているのだ。
サーフィの身体を穢し、心を踏みにじったこの男は、それでもまだ吼えてみろと命じている。
獲物をさんざんいたぶった後、わざと離したフリをする猫のように……。
なんて……なんて残酷で、冷徹な方だろう。
握り締めた拳が、小さく揺れる。
いつも傍にいてくれた、大好きな人。
ずっとずっとヘルマンを見て、恋していたからこそわかる。
何でも知っていて、何でも出来てしまう、パーフェクトな人。
そのくせ、何も大切にしない人。彼は自分自身をすら、愛さない。
どんなに優しくされたからって、サーフィに対して愛情なんか、あるはずなかったのだ。
そうだ。騙されたわけじゃない。
この方は昔から、はっきり言っていた。
自分は敵だと。サーフィにとっての元凶だと……。
勝手に、サーフィが都合よく妄信していただけだ。それなら……それなら……!!
歯を喰いしばり、ひったくるようにしてサーフィは小瓶を受け取り、中身を飲み干す。
「―――あの書斎で過ごした時間は、私のかけがえのない宝物です。今までも、これからも。」
空になった瓶を差し出し、ヘルマンを睨んだ。
「『たかが悪党ごとき』に、あの時間を否定する事は許しません。貴方には負けない。私はカダムの性奴隷になどならない。」
サーフィの視線を真っ向から受け止め、ヘルマンは小さく笑って小瓶をしまう。
「では、せいぜい足掻いていただきましょう。」
脱いだ白衣が椅子の背にかかり、しなやかな指先が、スルリとサーフィの頬をなぞる。
火照った頬に、ヒンヤリ冷たい指先が、やけに心地よかった。
「さぁ、始めましょうか。」