囚われの一夜目目についての記述。-6
牢といっても、この独房は王族のために作られたもので、それなりの設備が整っている。
水を送り込むポンプと、簡単な湯浴みのできる場所までも作ってあるが、今のサーフィにはとても使えないだろう。
ぐったりと力尽きて気絶した少女からドレスを脱がせ、湯に浸したタオルで身体を拭ってやりながら、ヘルマンは心の中でため息をついた。
長く生きているだけあって、女性経験も少なくはないし、自制の聞かない性質でもないと思っていた。
せめて少しでも苦痛がないよう優しく抱くつもりだったが、それでも自分の内心を少しでも悟らせるつもりはなかったのに。
なのに、あの潤んだ瞳で見上げられたら、心の底から抱きたいという衝撃が抑えきれず、貪るように口付けしてしまった。
甘い啼き声で名を呼ばれた時、一言でも答えたら、全ての真相をぶちまけてしまいそうになり、必死で耐えた。
軽蔑され憎まれるのを承知で、この手段を選んだのに、みっともなく言い訳をしたくなった。
ここまでしておいて、まだこの先も愛してくれだなど、都合のいい事をねだりそうになった。
今まで、どんな女性を抱いていても、それは刺激的な遊びと駆け引きの一種で、向こうにもそういう関係を望んでいたのに……。
衣服を着替えさせ終わり、サーフィから手を離した。
もう一度、内心でため息をついて、ヘルマンは黙って頭を振る。
寸でのところで防げたが、あやうく声に出してしまう所だった。
(愛してる。)
生まれて初めて、そう言いたいと思ってしまった。
よりによって、誰よりも酷い事をしてしまった相手に。
こんなに長く生きてきて、今まで物にも人にも、何ひとつ執着した事はなかった。
先日、アイリーンとした会話を、思い出した。
『あたしが死んだって、泣きもしないだろう男は、お断りだ。』
あの子は昔から、鋭い子だった。
アイリーンを気に入っている事は確かだが、もし彼女が死んだとしても、ヘルマンは泣かないだろう。裏切られ、敵に回られたとしても、何とも思わないだろう。
全て、どうだっていいはずだった。
大事なものなど、何一つもってなく、何でも笑って投げ捨てられる。
――――なのに。
サーフィだけは、どうだってよくないのだ。
彼女の仕草や言葉、全てがヘルマンの心を揺さぶる。
しかし、それを言ってどうなる?
結局、彼女がヘルマンに対して抱いていた好意は、孤独の副産物だ。
憎むべき元凶であろうとも、他にすがる相手がいなかっただけだ。
もし彼女が普通の身体を手に入れる事ができ、他の人から受け入れられるようになったら、ヘルマンを愛していると思ったのは、間違いだったと言い切るだろう。
それが容易に想像できて、胸が苦しくなる。
こんな苦しさも、生まれて初めてだった。
「ぅ……」
眠ったまま、サーフィは小さなうめき声を漏らす。夢の中でも、傷ついているのだろう。
閉じた瞼から、また涙が一筋零れた。
それを唇でそっと吸い取る。
たとえ二度と愛してもらえなくとも、蛇蝎のように憎まれる存在になろうとも、彼女を自由にしてみせる。
そして、サーフィの傷に、それを付けた張本人の自分がつけこむなど、絶対に許せない。
――僕に、君から愛される資格は無い。
(お願いですから、もう少し頑張ってくださいね。)
こんこんと眠り続けるサーフィの体温は、いつもより高い。
あの薬が順調に効いているのだろう。
彼女の上体を抱き起こし、白衣のポケットから血の入った小瓶を取り出す。
中身を自分の口に含み、そっと丁寧に口移しで飲ませた。
「ん……んくっ。」
小さなうめき声とともに、喉がコクリと嚥下する。
それを確認してから、サーフィを再び横たわらせ、ヘルマンは部屋を出て行った。